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澤瀉屋の芸は僕にしかできない

歌舞伎座 壽初春大歌舞伎、国立劇場初春歌舞伎公演
千穐楽おめでとうございます。

二部に出演の芝翫さんが陽性になり、幸四郎さんが「三番叟」を踊ることなったそう。急遽、駆けつけたファンも多かったのではないでしょうか。中止にしないこの底力こそが歌舞伎です。一人一人の研鑽と経験。ファンにとっても誇りです。

さて、猿之助さんの「四の切」も無事に幕が下りたよう。Twitterの皆様の感想を読んで胸がいっぱいになりました。いつかまた演じる時がくることを信じて待っています。このお役は、本人が「一世一代で演じる」と自ら幕引きをする時が来るまで演じてほしいし、見届けたい。今月を観て夢がまた一つ増えました。

前日のnoteで、澤瀉屋の力を結集して「四の切」に臨んでいるのが伝わることを書きました。もちろん、葵太夫をはじめ、語り、三味線の方、舞台から伝わるもの全てが集中していました。

そして、今年は昨年よりも澤瀉屋にワクワクする一年になりそうな予感がしています。

それを確信したのは三月大歌舞伎「新・三国志」上演の発表です。

昨年から猿之助さんは積極的にお家芸で、特に早替りで、攻めてきました。「お客に楽しんでもらえるもの、満席になるもの」昔から拘ってきた先代からのスピリット。猿之助さんは、先代の作った作品は絶対的に面白いと思っていると思う。その中で、このご時世に合うものを感覚と体験から選んでいるのだと私は妄想していました。

先日の代役の猿弥さんを観て思い出したのです。

先代、三代目猿之助の象徴である「3S」を。
3Sとは、ストーリー、スピード、スペクタクルのことです。

この言葉には、すでに古典の匂いがしますが、それぞれに「現代の」と付けて突然、目の前が開けた。

現代のストーリー、現代のスピード、現代のスペクタクル。

こう考えると、むしろ疫病禍の突破口になるのでは?ぐらいに歌舞伎が面白くなるのではないかと気が付きました。先代が考えてきたことが、まさに今、時代が受け入れている実感が湧いてきました。

景清は、古風なのにスピード感があり、ドラマティックで壮大。スーパー歌舞伎かと思ったのは、それが澤瀉屋魂だったからです。

猿弥さんが芯を務めたのを(おそらく)観たことがないから自覚が足りませんでした(笑)三代目の部屋子だった猿弥さんは、その精神をダイレクトに受け継いでいる方なのですよね。

この魂を継ぎ、進化させ体現しているのが当代です。「四の切」でこれを目の当たりにし、心震えずにいられましょうか。

猿弥さんのことを友人に興奮して話したら、以前に猿之助さんが右近さんに勧めた曲「マグリットの石」の歌詞を返信してくれました。

~やっと時代がお前に追いついた
~やっとお前が時代に伝わった

「先代が考えていたことを実践できる時がきた」確か猿之助さんはオグリの時に話してくれていたと思います。常に時代に合う歌舞伎を考えていたのが先代だと頭ではわかっていたけど、さらに腑に落ちました。ちょっと早かっただけ。

また、雑誌「演劇界」の石川耕士さんのコラムにもありました。猿之助さんの脚本の時短は今始まったことではありません。もうだいぶ前から、事あるごとに時短、時短と言ってきた(笑)私は、そんなに縮めないでー!と悲鳴でした。

三部制になり、長編の先代の作品を縮める作業は大変かと思うけど、それは初めてのことではないのです。

で、新・三国志がきた。
正直、スーパー歌舞伎を歌舞伎座に持ってくるとは想定外でした。とことん澤瀉屋の作品に拘っているのだと思いました。今年はもっと面白くなるぞと。

当代が創造したセカンドも長編ですけど(笑)先代のものはさらに長い。それを単に縮めるのではなく、時間も含めた「時代に合った作品」にしていく猿之助さんの手腕が楽しみです。

ワクワクしていたところにインタビュー記事もきました。これを読むと、自分にしかできない澤瀉屋の芸に拘っているのはもちろん、歌舞伎座興行を俯瞰で見て、その中の澤瀉屋の位置に拘っているような印象です。さすがです(笑)

そして、私の謎も解けました。「新・三国志」は「スーパー歌舞伎」の看板を纏わずいくそう。もう、何だろう。。心憎い(笑)演出も楽しみです。

終わりは始まり。

次の幕が開くのをワクワクして待っています。

aya


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