見出し画像

麻酔科医が最低限知っておくべき心筋保護


今回は、心筋保護にまつわる部分の総まとめです。
心臓血管麻酔試験にもよく出題されるところですので、これらの知識は必須かと思いますのでぜひ確認してみてください。




心筋保護の原則

心筋保護には、"急速心停止"、"低温"、”保護因子の付加”の3つの原則がある。
Buckbergらにより保護因子の付加をさらに細分化したもの("アシドーシスの是正"、"再灌流中Ca流入の制限"、"エネルギー基質の付与"、"活性酸素の除去"、"心筋浮腫の予防"など)が、現在広く知られている。



低温と心停止

心筋保護は通例冷やしたものを用いてきたが、現在は血液を併用した常温の心筋保護液も使用されている。その背景には、心筋酸素消費量の低減に寄与するのは温度よりも心停止のほうが大きいことも1つとしてある。

心拍・温度と心筋酸素消費量

常温+拍動心   :9 mLO2/min/100g
常温+空打ち拍動心:6 mLO2/min/100g
常温+化学的心停止:1 mLO2/min/100g
20℃+化学的心停止:0.3 mLO2/min/100g
10℃+化学的心停止:0.15 mLO2/min/100g

(Abe. 総合臨床1991; 43: 2717)


また、虚血から回復するにあたってATPの温存も重要である。
低体温は酸素需要が下がることでATPの消費が抑えられることが知られている。

単純に虚血(30分間)中のATP温存と心機能回復について
                                 37℃    4℃
 ATP温存  : 20.2%    vs    95.0% 
 心機能回復 :10.8%     vs.   94.3%

(Hearse DJ, et al. Circ Res1974; 35: 448-457)




現在使用される心筋保護液は,晶質性心筋保護液(CCP)、酸素または血液を添加した血液併用心筋保護液(BCP)に大別される。

CCPとは?

4~8℃の温度で投与し、虚血中代謝が嫌気性代謝に依存している。
再注入が必須であり、心停止の維持、再加温回避、代謝産物のwash outと嫌気性代謝の維持を目的とする。

心停止法の種類
【細胞内液型】
Bretschneider液(Na 12, K 10, Ca 0, Mg 2, Procaine7.4)
GIK cardioplegia(5%Glu 50g/L(277.7mmol/l), KCL 20mmol/l, 8.4%NaHCO3 10ml/L, Mannitol 24mmol/l, Insulin 20IU = Na 10, K 20, Ca 0)
細胞外液の Na濃度低下によりNa勾配をなくすことで活動電位発生を抑制し、低Caの細胞外液によるCaの細胞内流入阻害で筋原繊維の活性化を抑制し心停止を誘導する

【細胞外液型】
St. Thomas Ⅱ液(Na 120, K 16, Mg 16{32}, Ca1.2{2.4}, HCO3 10.0, Cl 160.4, {ミオテクターで変更})
高Kにより静止膜電位増加で脱分極させ心停止を得る
膜電位が-55mV(= K 10~15mmol/l)では、fast Na channelを不活化し拡張期心停止が得られ、-40mV(= K 30mmol/l)では、slow Ca channel(= L型Ca channel)が活性化して虚血再灌流障害を増大させてしまうため、その間に膜電位がくるようにKを調整する。
※ Na channelは二重ゲートであり、activation gateとinactivation gateのそれぞれが開閉し切らない微量のNa電流発生が生じるNa window currentが-50mV〜-20mV程度で発生する。よって、-55mV〜-40mVの間では、微量Na電流が生じるためNa-Ca exchangerが生じ、Ca細胞内蓄積による虚血再灌流障害をきたしうる。

【分極型】
薬物投与によりNa channelをブロックし、K channelを解放して膜電位を過分極させ活動電位閾値を抑制して心収縮を抑制するもの。臨床使用で定着はしていない。

【低体温単独】
【電気的心室細動誘発】
【Ca遮断】


BCPとは?

血液と晶質液を4 : 1 ~ 8 : 1で混合して投与。
20分ごとに2分間ずつ投与(酸素負債の解消とAcidosis軽減のために適切な注入時間と灌流量の厳守)
心筋温15~22℃が推奨(軽度〜中等度低温なら8~12℃、常温なら4~8℃の血液温度で達成できる)
Ht>20%かつK 16~20mmol/l
【代表的投与薬剤】
・delNido液
 単回でOK
・Microplegia
 常温心臓手術における欠点(血液希釈、末梢血管拡張)を克服し、単純な回路で心筋保護効果を得るために考案された方法で、体外循環回路の血液を分流し、カリウム製剤(KCl)等を注入する薬液ポンプからのチューブを分流回路の側枝に連結して順行性または逆行性に投与する回路で、専用回路が製品化されている。
【メリット】
・虚血中の好気性心筋代謝維持
・血液希釈の回避
・生理的血漿浸透圧による心筋浮腫予防
・ヒスチジン・イミダゾール・ヘモグロビンによる生理的緩衝作用
・内因性の抗活性酸素能
・ATP産生ための代謝基質の補充(アミノ酸・グルコース)


Hot Shotとは?

大動脈遮断解除直前に37℃のWarm BCPを投与することで好気性心筋代謝と心室機能の早期回復を促し、虚血再灌流障害を軽減する。

【機序】
・高K性(10~12mmol/l)心停止を維持→機械的活動へのATP消費、心筋酸素消費を抑制
・常温で心筋血行を再開→好気性心筋代謝の回復を促進、ATP保存を回復
・TCA回路の基質を補充するためのアミノ酸添加
・Ca濃度を低下→Ca負荷軽減、血液内因性活性酸素除去効果
※不均一な灌流は推奨されず逆行性のみのHot ShotはNG
※心筋代謝を回復するために3分以上(~20分)は投与が必要




心筋保護液の投与経路

・順行性
 冠動脈の狭窄や閉塞、大動脈弁閉鎖不全症がある時に不十分となる
 手術手技中断の必要性
・選択的
 冠動脈入口部損傷の可能性
 冠動脈の狭窄や閉塞がある時に不十分となる(ARはclear)
 手術手技中断の必要性
・逆行性
 手術手技中断不要
 冠動脈内のdebrisのウォッシュアウトが可能
 冠静脈洞入口部損傷の可能性
 シャントから漏れることで全投与量の約55%程度しか心筋を灌流できず、冠動脈口には約20%ほどしか到達できない
 小心静脈と中心静脈(右室・中隔後部領域)が冠静脈洞入口部に近接しており、不完全灌流されやすい
 投与圧をあげすぎると心筋浮腫が生じる


至適灌流圧とは?

・順行性
 初回80~100mmHg, 以降50~70mmHg, Hot Shot<50mmHg
・逆行性
 25~45mmHg
 (注入前に20mmHg以上ならウェッジs/o, 注入時>50mmHgは冠静脈洞入口部損傷のリスク, 200ml/min注入し20mmHg未満なら漏れs/o)


冠動静脈の解剖のTips

・テベシアン静脈から右室への短絡など心腔内へのVV shuntがある
 →冠静脈洞から投与した約55%しか冠動脈へ到達しない
・冠静脈洞のすぐに小心静脈(→右室)や中心静脈(→心室中隔後部)が合流するため逆行性灌流の時ballonで部分閉塞などされやすく抜けやすい
・冠静脈洞入口部にThebesian valveがあり引っ掛けやすい
・Marshall静脈は唯一左房を還流する
・高度左室肥大の場合、流量と時間を増やさないと行き渡りづらいことあり


左心系に流入する血液の経路は?

・気管支動脈肺静脈shunt(呼吸細気管支以遠の気管支動脈のみ)
・extra aortic branceにより冠動脈に流入したもの
・冠静脈から流入したBCP
これらが、冠動静脈と心腔内との直接の交通より流入してくる。

気管支動脈からの冠動脈への側副血行路を有する頻度は、正常心で22%、冠動脈疾患患者では48%に認められと報告されている。また冠静脈からの逆行性灌流によって冠微小循環に達する量は全灌流量の55%程度であり、残り45%は直接心腔内に出ると報告されている。これは冠静脈と冠微小循環と心腔の間に交通があることを示している。
これらは心臓全体に均一に生じるのではなく、左右心室筋の差、心内膜側と心外膜側の心筋の差、局所的な心筋部位の間の差を生み、術後の壁運動異常に関与する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?