国内での「過剰診断」のあやまちの経験

無症状のひとを調べるがん検診に意味があるかを判定するには,どちらが長生きするかを対照試験で比べる方法しかありません.神経芽細胞腫という乳幼児におこる悪性腫瘍はカテコラミン(CA)を産生しますが,乳児の尿のCAを検査することにより早期に発見し,早期に手術することにより死亡率が低下したという日本語の論文が1984年にでました.

他施設の追試でこの結果はかならずしも証明されなかったのですが,早期発見が絶対的な価値をもっていた当時であり,乳児の神経芽細胞腫検診が厚生省の音頭で日本全国に導入されました.このスクリーニングは世界的にも注目されましたが,欧米では一気に検診を開始するのではなく,大規模臨床試験が組まれました.

神経芽細胞腫はこどもの固形腫瘍のなかではもっとも多く,2-4歳くらいに発生し,診断されるころには多発転移していて,きわめて予後の悪いものと考えられていました.できれば1歳以下でスクリーニングできれば予後をよくすることができるのではと期待され,このスクリーニングがはじめられたのです.

日本ではこの思いつきで莫大な予算をかけて全国規模の検診をはじめたのです.ところがカナダやドイツで200万人!!規模の無作為比較試験(RCT)を15年かけておこなったところ,検診群では神経芽腫の発見が激増しましたが,対照(無検診)群との死亡率とまったくかわらないことがあきらかにされたのです.

神経芽腫のスクリーニングは膨大な数の過剰診断を生むことがRCTにより証明されました.しかし莫大な予算と数多くの小児手術を生んだ全国スクリーニングは,一度はじまるとそれをとめるのはなかなかむずかしかったのです.2002年に一流誌(Journal of Clinical Oncology)のeditorialで痛烈に批判され,2004年にようやく中止となりました.

20年も結果的には無意味な検診がつづけられ,膨大な数の過剰診断によりもともと不要な乳幼児への外科手術がなされてきました.RCTによって無効が証明されても,基準をかえれば過剰診断を防げるなどといった厚労省研究班の発表にみるように専門家が抵抗するなか,一部の良心的な小児科医や小児外科医の力によりようやく中止にこぎつけました.

その後,神経芽細胞腫は悪性腫瘍のなかでも自然消退がもっとも多いことがあきらかになっています.このように一度開始された検診事業は,その後エビデンスで無効ないし有害が示されても,なかなか中止させることが政治的にむずかしいことがわかります.このことは福島での甲状腺スクリーニングを彷彿させます.

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