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ドナルド・トランプは銀河の英雄か?

何年か前のことですが,なぜかSFスペースオペラが無性に読みたくなったんですね.最初はスペオペの代名詞ともいうべき「レンズマンシリーズ」を読み始めたのですが,どうもしっくりこなくて数十ページでやめてしまいました(第一作の「銀河パトロール隊」だけは中学生のときに読んだことがあるのですが).そこで今度は国産スペースオペラの代表作,田中芳樹「銀河英雄伝説」を手に取ったところ,すっかりこれにはまってしまい,とうとう創元文庫版全10巻を読破する破目になってしまいました.

銀河帝国の「常勝の天才」ラインハルト・フォン・ローエングラムと,自由惑星同盟の「不敗の魔術師」ヤン・ウェンリーのふたりの「英雄」が,それぞれ麾下の宇宙艦隊を率いて戦う何度かの会戦が物語の軸となります.この物語のもうひとつのテーマが「専制君主制」と「民主共和制」のふたつの異なる政治思想のせめぎ合いです.

前王朝の腐敗と不公正を一掃し,民衆の熱狂的な支持のもとに皇帝に即位し,軍国主義による独裁体制をつくりあげたラインハルトと,ポピュリズムによって選ばれた衆愚政治家により道を誤った自由惑星同盟の瓦解をひとりでなんとか防ごうと奮闘しつづけたヤン.独裁者として軍事と政治にその天才を存分に発揮するラインハルトに対し,民主主義の理念を墨守するヤンは、次第に不利な状況に追い詰められていきます.

民主共和制の自由惑星同盟は典型的なポピュリスト政治家であるヨブ・トリューニヒトを元首に選ぶことにより,破滅への道をまっしぐらに進み,最終的には銀河帝国に全面降伏することになります.専制君主制が民主共和制を圧倒的に凌駕したのです.このときヤンは事実上,文民政府から帝国に売り渡される扱いをうけます.皇帝ラインハルトは,「民主共和政とは,人民が自由意志によって自分たち自身の制度と精神をおとしめる政体のことか」と冷笑したのですが,それでもヤンは「最悪の民主政治は,最良の独裁政治に勝る」と信念を曲げなかったのでした.

アメリカ共和党の大統領候補ドナルド・トランプは,自由惑星同盟の元首ヨブ・トリューニヒトを髣髴させます.大衆に迎合して人気をとるまさにポピュリストといえる政治家で,一般のひとたちの不満や怒りをたくみな弁舌で過激に煽ります.トリューニヒトは自由惑星同盟を結果的に破滅させましたが,仮にトランプが大統領に選出され,その過激な政策が実施されるようになれば,アメリカ合衆国にとどまらず世界的なカタストロフを導くかもしれません.

アメリカ大統領を選ぶのはアメリカ人民の総意によってであり,それは民主主義の理念に則ったものです.民主主義がときにはポピュリスト政治家を選び,ときには独裁者を生むことは歴史的によく知られていて,その民主主義の矛盾について人間はまだ答えを見いだせていません.ヤンの子であるユリアン・ミンツの言「トリューニヒト議長は市民多数の意志で元首に選ばれたんです.それが錯覚であったとしても.その錯覚を是正するのは,どんな時間がかかっても,市民自身でなくてはいけないんです」.

ここであきらかな事実は,自由惑星同盟の市民はトリューニヒトを元首として選ぶことによって政治的責任を放棄し,誤った選択が同盟の崩壊という結果を招いたことです.「政治なんておれたちに関係ないよ」という一言は,それを発した者に対する権利剥奪の宣告である,とは再びヤンのことばです.政治は,それを蔑視した者に対してかならず復讐します.「ごくわずかな想像力があれば,それがわかるはずなのに」.

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