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超音波計測の物理的限界

この文章は産科医むけのものです.われわれがよく遭遇する「NT」の計測と評価にたいする疑問です.この問題はよく産科医個人の計測技術の未熟に帰せられますが,実はそんなことはあまり問題ではありません.これは超音波の物理的な限界が大きく関与しており,個人の技術や経験とは関係のない話です.よくいわれるように〇○○資格をとれば解決される問題ではありません.

超音波診断装置の測定精度をあらわすものとして「分解能」ということばが使われます.生体内のある1点を超音波で表示するとき,その大きさはゼロの点としてはでてきません.ビーム方向には超音波のパルス幅に対応した大きさで表示され、またビームと直角方向にはビーム幅だけ横の広がりとして表示されます.

超音波ではそれぞれがある大きさをもって表示されるため,近接した2点を分離するためにはある最低限の距離が必要です.これが分解能です.この分解能は超音波の物理的特性に依存するため,いくらテクノロジーが発達しても限界が存在します.光学顕微鏡ではウイルスは絶対にみることができないのとおなじです.

超音波診断装置の分解能には,時間分解能(リアルタイム性),空間分解能,速度分解能などがあり,さらに空間分解能には距離分解能,方位分解能,スライス幅にわかれます.ここではNT計測を念頭において,距離分解能について考えてみます.

超音波診断装置は超音波パルスを発信し対象を観察しますが,この超音波パルスはふつう4~5波の超音波で構成されます.パルス幅を短くすれば距離分解能が上がりますが,感度の問題で波数を減らすことはかなり難しい.周波数をあげればひとつひとつの波長は短くなるが,減衰が増すため物体を透過しづらくなります.

結局,距離分解能は周波数によってきまり,2MHzでは約1.5mm,5MHzでは約0.6mm,10MHzでは約0.3mmとなります.NTを測定する場合は中間周波数が3-6MHz程度でしょうから,0.5mmの誤差がかならずでます.たとえばNT 3.0mmの場合は,実際にそれは2.75-3.25mmのあいだのどこかに真の値があることになります.

このように超音波工学の視点からは,NTを小数点1桁で数値をだし,統計学的処理により染色体異常のリスクを計算することにはおおいに疑問があります.くりかえしますが,これは個人の技術や経験とはまったく関係のない物理学的な限界です.

そうなると今度は,NT値を基準として胎児の染色体疾患のリスクを算出するアルゴリズムが問題になるでしょう.これは純粋に統計学的処理によるリスク算定法ですが,その基礎となるNTは小数点1位までの数値として処理されています.物理的には0.5mm程度の誤差がでるわけですから,この統計処理の前提自体があやしいわけです.

現行のNT値による染色体異常のリスク評価は正当化されるのか? 産科医にとって常識ともなっているこの考え方について,わたしはかなりあやしいと睨んでいます.

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