見出し画像

悪の組織を見つけたぞと噴き上がるひとたち。トランプの「アンティファが悪い」発言は本当か?

トランプが暴動の首謀者だと名指しした「アンティファ」から、二年前の珍事を思い出した。

まずタイトルに「本当か?」と書いてみたが、本当もなにも真相を知りません。自分は一介の映画ライター兼一市民であって、「アンティファ」という言葉もドナルド・トランプが言い出したことで初めて知った。じゃあどうしてこのnoteを書こうとしているかというと、今後「アンティファ」が大々的に取り沙汰されることがあったら、それはおそらく「アンティファ」とは関係なく、われわれの社会がピンチであるサインだと思うからだ。

まず「アンティファ」という聞き慣れない用語がいきなり浮上してきて思い出したのが、2018年の三浦瑠麗の「スリーパーセル」発言だ。検索するとフジテレビのワイドナショーでの発言だったようだが、たまたま自分は三浦瑠麗という人がテレビで「スリーパーセル」について発言したところを見ていた。受けた印象はあまりにも「唐突」で、話のすり替えか、錯乱したようにすら感じた。

「スリーパーセル」は潜伏している工作員のことで、北朝鮮とアメリカの間で衝突が起きると日本の都市で破壊活動的なことを行うらしい。三浦瑠麗という人がいうには特に「大阪がヤバい」と言われているらしい。

日本国内にスパイがいるかいないかと聞かれれば、現実的に考えているだろうと思う。指令が下れば反社会的な活動だってするんじゃないか。実際、過去に日本で拉致事件が起きたのは周知のことだし、クアラルンプール空港で金正男が暗殺された件も、明らかに実行犯の裏に指示を出した黒幕グループがいた。実行犯も含めてほぼ不問のまま幕引きされてしまったが。

ただ、有事の際に、長年大阪で暮らしていた工作員たちが組織立って大規模な破壊活動や人心撹乱ができるかと問われれば疑わざるを得ないし、正直、陰謀論だとしか思えない。もし本当だとしたら全力を挙げて取り締まってもらいたいが、そんな危険な集団の存在も把握できていないならさすがに捜査能力に問題あるだろう。仮に国家機密だとして、なおさら第三者がバラエティ番組で明かすような話ではない。

脱線が続くが、この件は逢坂誠二議員が政府に質問主意書を出している。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a196092.htm

政府の答弁書はこちらで、特に何も答えていない。少なくとも与野党協力して対策に当たらないといけないほど喫緊の「ヤバい状態」ではないということでよろしいか。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b196092.htm

目や耳に新しいカタカナ言葉を多用するひとたちと、真に受ける危なっかしさ。

何が言いたいのかというと、こうやって突然出てくるカタカナ言葉には気をつけないといけない、ということだ。新しい言葉、一般に知られていない言葉を持ち出すのには相応の理由が必要だが、正直、日本語は物事をちゃんと説明できないほど不自由な言葉ではない。

「インターネット」みたいな新しい概念が出てきた時はしょうがないにしても、突如頻出して乱用される耳馴染みのないカタカナ言葉は、大抵が本質とズレた意図を含んでいる。いや、意味はあまりなくて、実態よりイメージを売ろうとしていると思った方がいい、というのが自分の感覚である。

つまり、専門的な場でもないのに突然持ち出されるカタカナ言葉は、まずは疑った方がいい。スリーパーセル、アベノミクスの果実、三本の矢、東京アラート、ウィズコロナ、なんでもいいのだが、どれもふわっとしていて本質を捕まえづらく、実態を伴っていないことをごまかすための言葉に思える。実際、発した側に都合よく使われることが多い。三本の矢はカタカナじゃないけども、まあ言いたいことはわかってもらえるのではないか。

で、ようやく「アンティファ」である。黒人男性のジョージ・フロイド氏が警官に押さえつけられた後に亡くなった件をきっかけに、全米で暴動が多発していることに対して、ドナルド・トランプが極左組織「アンティファ」が先導していると主張し、「アンティファ」をテロ組織に指定するとツイートした。 https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1267129644228247552

前述した通り「アンティファ」は最近知ったばかりの言葉なので、ネットで検索して得られる以上の知識はない。わかったのは、アンチ・ファシズムを標榜する運動のことであり、組織された集団ではないという説もある。説でなくて事実だ思っているが、今はまだ詳しくないので諸説ありということにしておく。

※「アンティファ」、並びにちゃんと知識や理解がある方々、ごめんなさい。ここでは「アンティファ」そのものより言葉の一人歩きの話をしたいので今は切り分けさせてください。

ここで重要なのは、「アンティファ」が運動にせよ組織にせよ(いや運動だろうけど)、本当に暴動を全米に拡大させられるほどの影響力があるのかどうかである。

今回の一連に関しては、トランプ以外誰も指摘しなかった「アンティファ」よりも「Black Lives Matter」を標榜して続々と黒人差別の窮状を訴え始めたセレブたちの方がずっと影響力があるはず。スパイク・リーのように、同じ黒人の立場から差別への激しい怒りと抵抗を提示し続けてきた表現者も大勢いれば、ビリー・アイリッシュのように若い世代から痛烈な批判を寄せているアーティストもいる。

アメリカ政府が「アンティファ」をテロ組織だと認定するなら、それなりの根拠を示さないといけない。千歩譲って今回の暴動に「アンティファ」が影響を及ぼしていたとしても、アメリカ全土の暴動に決定的な役割を果たしたとは考えづらい。

トランプのTwitterはフカシが多く、本当にテロ組織に指定する気があるかは今後の成り行きによる。ただ対立軸をアピールすることで支持者を得ようとするのはトランプの常套手段で(これはトランプに限らないが)、これまでに「アンティファ」の存在がクローズアップされてなかった以上、政権批判を逸らすために実態のない仮想敵を作り出したと考える方がずっと納得がいく。

さらにTwitter社は、白人至上主義者が「アンティファ」に偽装したアカウントで暴力を煽るツイートを繰り返したとして、アカウントを停止したことを発表した。 https://this.kiji.is/640693325217727585

つまりはトランプの支持層でもある極右が、極左の仕業に見せかけたというのだ。組織的なものか個人の仕業なのかは、この報道だけではまだわからないが、報道が事実なら「アンティファ」を首謀者のように思わせるメリットはトランプやトランプ支持層にしかないように思える。

ファシズムに反対するとテロリスト呼ばわりされる時代がやってくる?

と、ここまでは基本的にアメリカの話なんだけど、本当に書きたかったのは日本の話。自分が「アンティファ」について検索していたら、鵜の目鷹の目というか狂喜乱舞というか、「アンティファ」という言葉の新鮮さに群がって「政権批判をする連中はテロ組織の仲間だ」と噴き上がっているTwitterアカウントにわんさか出くわしたのだ。

さっきも書いたが、「アンティファ」とはアンチ・ファシズムの略である。どこかのテレビ局がウィキペディアをそのまま引いてきてファシズムを「結束主義」と紹介したことに非難している人がいたが、それも当然のことで、ファシズムは突然出てきたカタカナ言葉ではない。字義的な定義はともかく、第二次大戦下のナチスドイツやイタリアのような、極端な全体主義、独裁政治と結びつけて語られてきた言葉だ。

Googleで検索すると、検索結果より前に「権力で労働者階級を押さえ、外国に対しては侵略政策をとる独裁制。イタリアのファシスト党の活動から起こる。」とその意味を教えてくれる。繰り返すが、字義的な定義はともかく、一般的な認識はだいたいこんな感じでコンセンサスが取れていると考えていいだろう。

で、Twitterで出回っているのが、野党議員やその支持者が「アンチ・ファシズム」と書かれたキャンペーンTシャツを着ているたくさんの写真。実際、日本の現政府が独裁的な政権運営をしているという批判から、ファシズム的であると感じたり、ファシズム化していると危惧する声は小さくない。そして政権擁護のTwitter民が、このTシャツを着ている人間はすべからく、恐るべきテロ組織「アンティファ」の構成員か、もしくは支持者である証拠だと言っているのだ。

このキャンペーンTシャツと「アンティファ」なる運動、もしくは団体にどこまで関連があるかはよくわからない。ただ後述する理由から、日本の「アンティファ」にさしたる影響力があるとは思えないし、そもそも「アンチ・ファシズム」と「アンティファ」はイコールではない。「アンチ・ファシズム」は、個別の運動や組織よりはるかに大きい、ものすごく真っ当で一般的な考えだからだ。

アンチ・ファシズムとは「反ファシズム」、要するに「ファシズムに反対する」ということでしかないのである。今の自民党の議員だって「ファシズムに賛成ですか?」と訊かれれば全員が「反対です」と答えるだろう。それくらい「ファシズム」には擁護する点が見当たらない。にもかかわらず、「アンティファ」がテロ組織であるというトランプごときが言い出した根拠の乏しいツイートの乗っかって「ファシズムに反対するヤツはみんなテロ組織だ、逮捕しろ」みたいな暴論で盛り上がっているのである。

アンティファ狩りは現代の赤狩りに発展するか。

実際のところ、こういう勢いで暴論暴言を吐くTwitterアカウントの多くは、ろくに実態のない捨てアカウントがほとんどだと思っていた。ところがこの人たちのアカウントを覗いてみると、意外やフォロワーが千単位、万単位のものも少なくない。自分がようやく恐怖心にも似た危惧を覚えたのは、この「あいつもこいつもアンティファ」呼ばわりする人たちが(相互にフォローしているだけという可能性もあるが)かなりの数に上りそうだと気づいたからだ。

日本人が作ったらしい「ANTIFA JAPAN @antifa_japan」なるアカウントが存在したことも、彼らの陰謀説を勢いづかせている。2017年から更新されてないようだが、アカウントの説明文には「ファシズムへの抵抗を理念に掲げる国際組織のANTIFA(アンチファ)。その日本統括本部による公式アカウントです。やつらを通すな‼」と書かれているのだ。実際は下着美女画像のアカウントをフォローし、貼られているリンクは「ANTIFA HANDBOOK」なる電子書籍を2万円で販売しているamazonページという、とてもまともな政治活動をしているとは思えないアカウントだが。

ところが、このバカ(と言ってしまうが)が「国際組織」と名乗ってるのをのを見て「ホラ見ろ、日本でもあのテロ組織が暗躍していて、野党やその支持者と深く結びついているぞ!」と騒いでいるのである。もしかすると政権批判と「日本会議」が結び付けられることを苦々しく思っていた人たちが、敵陣営にも似たような存在を見つけたと感じているのかも知れない。

まともな思考力があればとてもじゃないが真に受けない駄話……と思いたいが、そうとも言い切れない(まともという共通概念も、いろんな意味で疑ってかからないといけない時代になったし)。トランプの信憑性の薄いツイートを拠り所にして、極左のテロ組織の暗躍を唱えている人たちが一定層として存在していることは間違いないのだ。

そして奇妙にも、彼らにとっては「ファシズムに反対すること」はほとんど極左のテロ行為と同義になっており、現政権に批判的な態度を取る人を見れば「テロ組織の構成員」呼ばわりする悪い遊びを覚えてしまった。火のないところに煙を立てて弾圧の必要性を叫ぶ様は、マッカーシズムと赤狩りの愚行を思い出さずにはいられない。

ただの悪い夢であって欲しいが、今後は「ファシズム」についてですら「歪んだ戦後教育とパヨクが捻じ曲げてきたが、本当の意味は「結束」であり、連帯を示す美しい言葉である!」と言い出されかねないと思っている。実際、そうやって本来のニュアンスを奪われてきた言葉が、体感として2001年を境にずいぶん増えた。

20世紀の終わりには「リベラル」という言葉が今のように罵りに使われるなんて想像もできなかったのに、自民党には「基本的人権」すら必要ないという姿勢の議員がひとりならず存在する。「平和」や「自由」というネガティブな意味合いなどなかったはずのワードさえ、「面倒なリベラル」扱いされかねない世の中なってしまった。価値観や常識は、変化しアップデートされていくものだとはいえ、言葉の独り歩き、いや、言葉の捻じ曲げが過ぎるよ。

あまりにもバカバカしいのでこのまま「アンティファ」の件は忘れられて、アンチ・ファシズム叩きが激しくなるという暗い予想は杞憂に終わってくれることを願っている。実際、わずか数日で「アンティファ」を耳にすることも目にすることもほとんどなくなった。しかし似たようなおかしな言葉の用法は今後も出てくるだろうし、もし今後「アンティファ」をさも危険な存在であると主張する政治家や文化人、コメンテイターが現れたら、もっと大切な何かが覆い隠される危険をすぐに疑うべきだと思っている。

※初めてnoteを書きました。作法もわからず、使い方も手探りですが、まずはお試しということで。

追記(6月12日):その後アンティファについて多少の知識を増やしました。曖昧なまま書いた本投降を非公開にすることも考えましたが、やはりアンチ・ファシズム=アンティファではなく、本投稿の主旨も変わらないということで、現時点ではこのままにいたします。

追記(6月14日):ロイターから「調査の結果、暴動にアンティファの関与は見つからない」という報道が出ました。
https://twitter.com/ReutersJapan/status/1272061208951173120

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?