武田泰淳「富士」を読んで
武田泰淳の富士を読んだ。武田泰淳は第一次戦後派の作家らしい。戦時中の精神病棟をテーマに1971年に出版されたものだ。
古い本だが文章は読みやすい、だが内容は易しくはない。
ストーリーは今となってはチープなのかもしれないが、文章の巧みさに驚かされた。文章の綺麗さ、主語が無くとも誰それとわかる会話、比喩に頼らない表現は見事であった。
明治生まれで大卒の作家と言うのは総じて聡明で、今の作家とは比べ物にならない力量を持っている。
この本で扱われるテーマは精神病、戦争、キリスト教、倫理観だ。正常と異常に境界はあるのか、それは人間に決める事ができるのか。そのような疑問を投げかけてくる。
読み手として、どの観点誰の立場で読めばよいのかが分かりにくい作品でもあった。見方によってはチープなホラー小説にもなりかねないし、精神医療の批判にもとらえられそうな内容だ。
この解説を見ると作者は医療従事者の苦悩を書きたかった伝えている。
https://senryokaitakuki.com/fenceless004/fenceless004_07.pdf
なるほど、この観点で見ると最後のオチに対する印象もかなり変わってくるのではないだろうか。
小説は小説である、大説ではないとの遠藤周作の言葉を体現するような作品にも思えた。結局のところ読み手の解釈に任せる幅が広く、誤解を招きやすい作品だ。
一方でここに書かれている、農民の声、飢え、倫理観は当時のものであり、今の人間では確実に描くことのできない内容だ。ファンタジーでは無いリアルが詰まっている。
ところどころ、ハッとするような言葉もあり、なんとも印象には残る作品であった。
ただし、聡明な作家にありがちな人間味が無い人間が出てくる印象もあった。ステレオタイプと言うか画一的というか、特に女性が。
読んでよかったが、他人に進める気にはなれない作品であ?。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?