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横山光輝先生の漫画「マーズ」単行本全5巻レビュー「横山先生のストーリーテリングの巧さ…読者に縦横無尽に予想させる懐の広さに…震え続ける他無いのです…」

今から3ヵ月前…日本海の海底火山の噴火により突然出現した
隆起島・秋の島新島を航空機で取材する毎朝新聞社の岩倉記者は
未だ溶岩が赤熱する島にひとりの赤毛の全裸の少年の姿を目撃し…
少年の身柄は海上自衛隊に保護され病院に収容される…。

少年には記憶が全く無く…凄まじい速度で言葉…日本語を覚える
高い知性を示すものの肝心要の自分の名前や
自分が何故秋の島新島にいたのかすら分からない…。

一方その頃ニューヨークで6人の背広姿の男達が会合を開いている…。
6人は世界の報道に目を光らせており…
秋の島新島で発見された記憶喪失の少年の記事に特に注目していたのだ…。

6人はこの少年を「マーズ」と呼び…
少年の記憶が無いコトを憂慮しているのだ。
彼等の口にする「プログラム」とは一体何なのか…。

どうやら彼等の主張する「プログラム」とやらは
「マーズの記憶が正常であるコト」が大前提にある様だ…。

6人は代表者を決め日本に飛び…
院長宅で療養中のマーズに接触する。
今は何も思い出せぬマーズに…
自らを「監視者」と名乗る男は世にも恐るべき話を始める…。

遠い過去…地球人が類人猿だった頃に…宇宙人が地球に来訪し…
地球人の好戦的な性格と高い知能に脅威を抱き…
将来この地球人が殺傷兵器を積んで宇宙に乗り出し…
宇宙の侵略者と成り得る可能性をコンピュータは示唆した…。

そこで宇宙の平和を守る為に宇宙人は以下の対策を講じた…。
1.6人の監視者の設定。
2.6人の監視者の操縦するロボット兵器「神体」の設定。

監視者の使命は地球人の監視であり…
危険な実験・戦争・紛争行為の全てを監視し…
そのデータを神体に送り込む…。

3.監視者が「危険」と判定した場合…
その危険な国を神体で滅ぼす…。

神体の力は1国を滅ぼす程度であるが…
だがもし…地球人の科学力の進歩が都合6つの神体…
「六神体」でも抑止出来ず…地球人の宇宙侵略を抑止出来ない場合…
その場合に設定されたのがマーズであり…

4.地球人が殺傷兵器を携えて宇宙侵略に乗り出すと
マーズが判定した場合…
彼の命令のみに従うロボット・「ガイアー」にコレを阻止させる…。

六神体の力は1国を滅ぼす程度に限定されるが…
ガイアーは違う。
地球全体を吹っ飛ばす力を持っている…。

それ故に扱いには慎重の上にも慎重を期す必要があり…
マーズは今から100年後に目覚め…
「地球人の危険度」を測定する任務を与えられたのだ。

マーズが「危険」と判定すれば
ガイアーによって地球は吹っ飛ばされる…。

ところが…海底火山の噴火によって
マーズは予定より100年早く目覚め…
尚且つ「自分の使命」を全て忘れているという始末…。
更に…マーズは…
「地球人はアンタ等(=6人の監視者)が主張する程…」
「残忍で好戦的とは思えないんだ」
という「妄想」に取り憑かれていた…。

コレは6人の監視者にとって由々しき事態である。
マーズが自分の使命を忘れ…
ガイアーに地球を滅ぼす命令を出さないばかりか…
「地球人の弁護」を始めたのだから…。

日本に来た監視者は
マーズに次の様な最後通牒を行う…。

「記憶のないオマエは分らんだろうが…」
「オマエの生命活動が停止すると…」
「ガイアーは…地球諸共(もろとも)吹っ飛ぶんだよ…」
「元々は…地球人の科学力が…」
「ガイアーの力をも上回った場合の安全弁に過ぎなかったが…」
「オマエの…任務を果たす能力が失われているのなら仕方がない…」
「六神体の総力を結集して…オマエを殺し…」
「ガイアーを爆発させ…」
「オマエの代わりに…」
「我々が使命を果たすッ」
「今から10日後…」
「オマエと…」
「我々の闘争が始まるんだ…」
「マーズ…最早誰にも止めるコトの出来ない歯車が回り始めたんだ…」
「我々もまた…『プログラム』に従って行動するのみだ…」
「10日の間に…」
「オマエの記憶が戻るコトを期待するが…」
「例え記憶が戻らなくとも…必ず地球は吹っ飛ばす…ッ」

いま…マーズの果てしない闘争が始まろうとしていた…。

記憶喪失の少年マーズが…
ガイアーの助けを受けながら六神体と戦うのが…
本作の基本的な物語構成となる…。

だがマーズは…六神体がどの様な形状をして…
それ以上に…どの様な能力を持っているの分からない…。

ソコに…
「何が襲ってくるか分からない」トコロに
当時の少年チャンピオン愛読者は…
ワクワクが止まらないのですよ…。

例えば第1の神体「ウラヌス」は…
日本列島全体に「決して終わるコトのない雪を降らす能力」があり…
第2の神体「スフィンクス」は…
太陽並みの高熱を発して赤熱化し…
エジプトを溶かして廃墟に変えて行く…。

どうやら六神体には天変地異を起こし…
自然災害を引き起こす力がある様だ…。

だがしかし…その能力は「1国を滅ぼす程度」に限定され…
地球全体を吹っ飛ばせるガイアーとの力の差は歴然で…
第2の神体撃破時に思わずマーズは次の様な感慨を漏らす…。

「ソレにしても…少しあっけなさ過ぎる…」
「六神体ってこんなに弱いのか…」

コレは…最初に提示された
「六神体とガイアーの設計思想の違いに基づくスペックの違い」
に沿った物語展開で少しも「ズルく」ない…。

そもそも六神体とガイアーは
「兄弟のようなもの」であり…
両者が「戦う」コトは宇宙人の想定にはない…。

6人の監視者も
「力の差があり過ぎる」
とガイアーと戦いながら愚痴を零しているのだ…。

それでも六神体とガイアーの
(一方的な)戦いが続くのは何故なのだろう…。

確かに…六神体の目的は…
「ガイアーを倒すコト」ではなく…
「マーズの命を奪うコト」であり…
ガイアーが助けに来る前に
マーズを倒せば「勝ち」なのだが…
ガイアーが来てしまってはソレは非常に困難を伴う…
それでも六神体はガイアーに向かって行くのだ…。

何故六神体は…6人の監視者は…
勝ち目のない戦いを挑み続けるのか…?

コレ…「何か」マズいんじゃないの…?
おかしいよ…コレ…「何か」がおかしいよ…

ココでマーズが記憶喪失であるという設定が生きて来る…。
「何か」…マーズの知らない「隠しルール」があるのではないのか…。
六神体がガイアーにやられてもやられても…
6人の監視者が全く困らない…
「地球を吹っ飛ばす」という最終的な任務達成の何ら支障と成り得ない
マーズが忘れている重大な隠しルールがあるんじゃないの…?

この辺のね…横山先生の…読者に縦横無尽に予想させる…
熟練の手練手管に…ただ只管(ひたすら)に震える訳ですよ…。

つまり隠しルールの内容を読者に予想させ…
その予想を当てさせる快感をも享受させているのですよ…。
並の作家に…到底出来る芸当じゃない…。

更に…隠しルールが開示されるタイミングが実に絶妙でね…
これまで通り…六神体をガイアーに…
ちゃちゃっと倒させるワケには行かなくなり…
ガイアーの力を借りずに六神体の脅威を排除するという…
「無理ゲー」をクリアする必要が生じ…
六神体が「弱く」感じるのはガイアーと比べての話であって…
地球人から見れば…六神体だって
1体の力で1国を滅ぼすコトが十分可能な程強い上に…
「うっかり倒せない」って「縛りプレイ」が賦課されて…
それはもう「大変なコト」になるのですよ…。

地球は果たして助かるのか…それとも吹っ飛ぶのか…?

肝心要の「マーズの記憶」が…
「ココでェェェ!?」ってタイミングで復旧して…
マーズの記憶が復旧したというコトは…
マーズが「本来の自分の使命」…
「地球を吹っ飛ばすか否かの判定者」に立ち返るってコトで…

最後の最後の最後まで…手に汗握る展開で引っ張って来て…
「こうなるかァァァ」と嘆息する他はない結末に着地するのです…。

単行本全5巻とは到底思えない…
非常に内容の濃い漫画であり…
僕的に…世界最高傑作…銀河系最高傑作…
宇宙最高傑作と思う次第なのです…。






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