山口貴由先生の「劇光仮面」第5巻レビュー「劇光仮面のヤバさは…そのときの気分で相手を裁いたり見逃したりするじっつっにっいい加減な判断より生ずるのだ。」
僕は山口貴由先生の「劇光仮面」第1巻から第4巻を読んで
「驚異の大大大大大問題作!」
と絶叫するレビューを以前投稿しました。
ここでは先ず「劇光仮面」の「何」が問題なのか
そもそも「劇光仮面」とは「何」なのかを
おさらいしてから最新第5巻のレビューを書きたいと思います。
「今まで隠していた事」も明かしますので
ネタバレが嫌な人は読まないで下さい。
主人公の実相寺二矢は現在29歳・アルバイト。
序盤は実相寺の現在と過去が交互に描かれる。
彼は昭和特撮の非常に熱心なファンで大学生時代には
「特撮美術研究会」に所属していて,
例えば特撮専門誌・夢宙船のバックナンバーに掲載された
「覆面ヴァイパー(本作に於ける「仮面ライダー」的作品)」の
特撮美術作家・狭山章氏の「70年代特撮回顧録」という記事を
「同志」(研究部員を彼はこう呼ぶ)達と検討した結果,
当該の夢宙船のバックナンバーは80年代に発行されたものであり
コレが既に「ヴァイパー」が人気を得た後の
「エッジの丸くなったコメント・スポンサーや裾野の広がった視聴者に
配慮した誰からも突っ込まれない様なコメント」
と結論し,部長の切通と共に狭山氏の元に取材に行き
特撮雑誌では得られない「生の証言」を得ようとする様が描かれる。
特美研は実際に装着可能なヒーロースーツの製作も行っていて
スーツアクターが着たスーツではなく
可能な限り設定に忠実にスーツを作ってる。
ここまでは昭和の特撮とその関係者に
大いなる敬意を払った内容だと僕は思った。
でもね。
それは違ったんだ。
特美研メンバーはヒーロースーツを着て盗撮犯の捕獲・
ヘイトスピーチの妨害・危険生物の駆除・ストーカー被害者の警護・
現在進行中の犯罪の取り締まり…即ちコスプレ自警団を結成して,
活動内容の動画撮影を行い,
自らを「特撮の神様・一ノ谷萬二の後継者」を自称する。
(要するに円谷英二の事である。)
そして猪留史郎と一ノ谷萬二が撮った
「空気軍神ミカドヴェヒター」のヒーロースーツを装着した実相寺が
リンチに遭っている少年を守る為に
少年5人に暴行を加え,その内のひとりの左眼球を抉り取ってしまう。
実相寺は逮捕され懲役1年執行猶予3年の刑を宣告されるが,
左目を失った少年の母親は判決を不服として
実相寺に2千万円の慰謝料を請求し彼はその要求を飲む。
「僕は今まで山程見て見ぬ振りをして来ました」
「でも仮面を付けた僕はそうはならない」
「見て見ぬ振りなんか出来ないんだ」
「仮面は僕の良心を人並みに補ってくれるものです」
が実相寺の裁判所での証言となる。
実相寺も特美研のメンバーも全く反省していない。
その証拠に29歳になった今,
実相寺は再びミカドヴェヒターのヒーロースーツを装着して
ヒーロー活動を再開し,
かつての特美研の一部のメンバーも彼に協力するからである。
仮に大学の非常に熱心な特撮サークルで
「仮面ライダー」のヒーロースーツを作り,
リンチに遭っている少年を救う過程で少年5人に暴行し,
内ひとりの左眼球を抉り,その模様を動画撮影して反省の色が皆無で
自分達を「石ノ森章太郎の意思を継ぐ者」と僭称したとするのなら
「仮面ライダー」は…「特撮」は一体どうなるんだ…!?
「劇光仮面」の「問題」の根源はヒーロースーツを複数体制作した
非常に熱心な大学の特撮サークルが自警団を結成し防犯行為の過程で
少年5人に暴行し内1人の左眼球を抉り取り,
尚且つその「自警活動」を動画撮影していて駆け付けた警官たちに確保され
実相寺達は執行猶予付きの判決を受け
主犯の実相寺が2千万円の慰謝料を払っているにも関わらず
全く反省の色が無く29歳となった今
再びかつての特美研の一部のメンバーによる
自作ヒーローによる自警活動を再開した事にある。
つまり!実相寺達は極めて悪質なヒーローごっこをして,反省の色が全く無く
今また再び極めて悪質なヒーローごっこを始めようと言うのである。
「反省」してないのだから当然そうなる。
一体どうなるのかと思っていたら,実相寺達の前に「本当の怪人」が出現し
実相寺達…劇光仮面達は本当の怪人と戦う事となったのである。
「本当の怪人」…「人龍」は旧日本軍が作り上げた人間爆弾と呼ばれる
特攻兵器に人間の機動性を加えた改良型で志願した人間に
改造を加えて「人龍」となるが「人龍」のプロパガンダ映像を制作したのが特撮の神様一ノ谷萬二監督(要するに円谷英二)で
江田島の兵学校で鹿角亜門(カヅノアモン)青年は
一ノ谷制作のプロパガンダ映像の中で
弾ニ倒レズ
火ニ怯マズ
怪力七馬力
自力回復
地雷ひとつ踏まずに連合軍の前線基地まで進軍して散華(さんげ=自爆)して
見せた「人龍」の勇姿に感動し「人龍」となる事を志願した。
つまり一ノ谷の特撮を見て進んで
「改造人間」となる事を志願したと言うのである。
もうひとりの「人龍」は亜門の妹・伊栗鼠(イリス)。
伊栗鼠は戦中は戦闘機の攻撃を避けながら防空壕に物資を届け
戦後は進駐軍によって乱暴狼藉を受ける女達を
防衛する為に改造手術を受けたと言う。
ふたりの「人龍」は前線に投入される前に戦争が終わり「目的」を失った。
「人龍」は神州が不滅である様に不滅である様設計され,
戸籍上のふたりの年齢は90を超えているが外見は若いままで
それが為にひとつところに長居出来ず
様々な職能を身に付けながら各地を転々としていたが
次第に伊栗鼠は認知症を患い自身の使命を
「進駐軍によって乱暴狼藉を受けている女達を守る事」
と思い込み「女が乱暴狼藉を受けている」との思い込むと
その場にいる男達を片っ端から殺し始める。
つまり!
伊栗鼠が「自分の使命」と認識している事の半分は
耄碌による認知症に基づく「妄想」なのである。
亜門は専ら伊栗鼠の所業の「後片付け」に回る。
しかしいつまでも伊栗鼠の所業を放置しては置けず
「殺してやるしかない」
と思い始めている…。
劇光仮面が始めてガチで戦う
ふたりの「人龍」とはそうした存在である。
肉体は不滅でも老耄は襲って来る。
90歳の老人が耄碌しても「恐ろしさ」が問題視されないのは
彼らが「非力」だからであるが「人龍」は非力じゃない。
7馬力の怪力で襲って来る
「人龍」と劇光仮面達との戦いが本巻の三分の二を占めている。
あのさ。
この「怪人」との戦闘パートが
今までで一番「安心」して見ていられるんですよ。
劇光仮面が何ら一般社会に害を及ぼしていないから!
もうホントにね…劇光仮面のヤバさが逆に伝わって来るのですよ…。
劇光仮面達は「人龍」達に
「ウルトラマン」のバルタン星人・ジャミラ・ウーの悲哀を見て取って
彼等を見逃す。
劇光仮面達の行動原理は「センチメンタリズム」であり
「その時の気分」で相手を裁いたり裁かなかったりする。
仮に裁判官が
「今日は虫の居所が悪いからオマエ死刑」
「今日は気分がいいからオマエ無罪放免」
とやり始めたら司法制度は破綻する。
劇光仮面達は少年の左眼は容赦なく抉り取る癖に怪人は見逃す。
その判断の基準が
「このガキはムカついたから」
「怪人がジャミラに見えて可哀想だったから」
であり「オレが有罪と思ったら有罪」「オレが無罪と思ったら無罪」であり
有罪と無罪の分水嶺が「その時のオレの気分」なのである。
劇光仮面達が如何に「怖い」奴等か分かっていただけると思う。
本巻の最後で性加害疑惑のある舞台演出家の男の元に
劇光仮面のひとりベーアサーダの仮面を被った女が訪ね
「胸糞だなオマエ」と吐き捨てるやスタンガンで件の演出家を気絶させ
ズボンを脱がせ下半身を露出させ巨大なハサミを構えて
「ワタシはアーサベーダ,乙女に変わってお仕置きよ」
とアーサベーダの決め台詞を吐いて「次巻に続く」。
ベーアサーダの「中身」が元特美研メンバーで
「人龍」との戦いで右眼の視力を失った(と自己申告した)…
ワタシは真理りま
ヒーローになりたかったケド…
ヒーローになれなかったヒト…
真理りま,その人であり,その彼女の「闇堕ち」した姿なのか
それとも「別の誰か」がやっているのか…。
後半三分の一でじっくりと真理りまの生い立ちを描いてる。
昔から人の注目を浴びるのが好きで
ヒーローになって注目を浴びたくなって
ヒーロー活動の一環で初めて痴漢を撃退して
被害者の女性に感謝されたときの
相手の自分を見詰める瞳に感激と興奮を覚えた経験が
真理りまの心中に
「だから女の敵を裁くのは正義」
との価値観が構築されて行く。
その「いい話」が最後に飛び切りの悪意を持って描かれているのだ。
「真理りまなら女性から感謝される為に注目を浴びる為に
性加害容疑者のチンコを切断しかねない」って。
そもそも劇光仮面達の「やって来た事」を鑑みるに
「オマエは胸糞だからチンコを切断する」
って思考はじっつっにっ劇光仮面らしく
「劇光仮面のヤバさ」が結集した「引き」と言えるのだ。
少なくとも…あのベーアサーダは…ニセ劇光仮面じゃないって事。
アイツは本物の劇光仮面だからヤバイのだ。
コレさあ…劇光仮面同士で殺し合う内部ゲバルトを描く気満々じゃん…。
ソレが「特撮ヒーロー物らしさ」なんだから。
次巻が実に楽しみである。
待望の第6巻のレビューがコレだっ
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