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『源氏物語』と本歌取り(2)

  女につかはしける
1232 よしさらばのちの世とだにたのめおけつらさにたへぬ身ともこそなれ(『新古今和歌集』巻第十三 恋歌三(注1) 皇太后宮大夫俊成)
  返し
1233 たのめおかむたださばかりを契りにてうき世の中の夢になしてよ(同上 藤原定家朝臣母)

[現代語訳]1232(注1) わかりましたよ。それではせめて後の世では一緒になるとだけでも、私に期待を抱かせておいてください。私はあなたのつれなさに堪えられずに死んでしまう身となるかもしれませんから。
1233(注1) あなたの期待に応えると約束しましょう。ただそれだけを私との縁として、これまでのことは、この憂き世で見た儚い夢とお考えになってください。
[語釈]1232 ◎つかはし 「つかはす」の連用形。「つかはす」は「贈る」という意味。
◎よし 不満足ではあるが、仕方がないという意を表す副詞。まあよい。
◎さらば 接続詞。(多く、下に命令・意志などの表現を伴って)では。
◎だに 副助詞。意志・願望・当為・命令の表現に用いられ、最小限の要件を示す。せめて〜だけでも。
◎たのめ 「たのむ」の連用形。「たのむ」は「あてにさせる」という意。
◎おけ 「おく」の命令形。「おく」は動詞の連用形について、その動作・行動のままに放置する意を表す。
◎つらさ 形容詞「つらし」の語幹「つら」に、接尾語の「さ」が付いて名詞となったもの。「つらし」は、思いやりがない、薄情である、という意。「さ」は形容詞や形容動詞の語幹または終止形に付いて、その度合い、または状態を表す。
◎皇太后宮大夫俊成 藤原俊成(ふじわらのじゅんぜい、ふじわらのとしなり)。定家の父。御子左家(みこひだりけ)の人。
1233 ◎む 意志を表す助動詞。
◎ばかり 限定を表す副助詞。
◎契り 親子・夫婦などの縁。
◎にて 断定の助動詞「なり」の連用形「に」に、接続助詞「て」が付いたもの。〜として。
◎うき世 つらいこの世。苦しみの多いこの世。「うき」は、形容詞「うし」(「辛い」の意)の連体形。
◎なす 〜にする。
◎てよ 完了の助動詞「つ」の命令形。〜てしまってください。どうか〜してもらいたい。
◎藤原定家朝臣母 父は藤原親忠、母は美福門院(鳥羽天皇の皇后の藤原得子)の乳母、伯耆(美福門院伯耆)。実名は不詳であり、一般に美福門院加賀(びふくもんいんのかが)と呼ばれる。藤原俊成と再婚。定家の母。紫式部の供養を行うほど、「源氏物語」を深く愛する女性だったと考えられている。
注1 出典︰新潮日本古典集成『新古今和歌集 下』。

【1233の本歌】世語りに人や伝へむたぐひなくうき身をさめぬ夢になしても(『源氏物語』若紫 藤壺)
[現代語訳]世間の語り草として人々が伝えるのでしょうか。 この上もなく辛い身を、いつまでも覚めない夢の中のこととしても。
[語釈]◎世語りに 「世語り」(よがたり)は、世間の語り草、世間の評判、世間話のこと。
◎や 疑問の意を表す係助詞。
◎む 推量を表す助動詞。ここでは係り結びを成しているので、連体形である。したがって、二句切れとなる。
◎たぐひなく 形容詞「たぐひなし」の連用形。「たぐひなし」は、比べるものがない、という意。
◎うき身→前回投稿の本歌を参照。
◎ても 逆接の仮定条件を表す接続助詞。活用語の連用形に付く。たとえ〜たとしても。〜ようとも。

◉参考◉ 「うし」と「つらし」の違い 「うし」は、自分自身の、思い通りにならず晴れ晴れとしない(内にこもる)気持ちが強く、「つらし」は、自分に対する他人の仕打ちを恨む(外に向かう)気持ちが強い。

写真 源氏若紫北山図(源氏物語絵巻断簡、東京国立博物館所蔵)
写真出典︰https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0016398

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