透明なタクシーに轢かれそうになった話

 とりとめのない話である。

 終電に近い時間に帰宅した時のこと。

 駅から家に向かう道の途中で、一人立ち尽くしていた人がいた。
 私と同じく、遅い電車で帰ってきた人が、速足で行きかう夜の街、誰一人としてその人を気に掛ける人はおらず、私も同様に彼を追い抜いて通り過ぎようとした。

 その時である。立ち尽くしていた彼が、静かに手を挙げたのは。
 私は驚いて、何食わぬ顔でその脇を通り過ぎながら、彼の視線の先をちらりと見た。暗い道には誰もいない。もう一度、手を挙げ続けるその人の顔を盗み見たが、彼は私や他の通行人には目もくれず、道を真っすぐ見つめている。

 私が内心首を傾げながらその横を通り過ぎたのは、時間にしてほんの数秒のことだっただろう。
 ただ、私はその道を横断するその数秒間だけ、少し緊張した。
 もしかしたら、暗い道の向こうから、私の目には見えない、透明なタクシーが走ってきて、私にどかんとぶつかってくるかもしれないと思ったからだ。

 幸い、透明タクシーに轢かれることなく私は無事に帰宅し、あれは一体なんだったのだろうと思いながら平和に眠りについた。

 2018年も終わろうとしている。なんということのない出来事だが、ふと、年内に書き留めておこうと思い立った。
 来年も日々、なんてことない出来事を元に、とりとめもないことを考えられると良いなぁと、そんなことを思う次第である。

 皆さま、よいお年を。

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