見出し画像

短編小説「檸檬畑より」

一頭の鯨が、百年の回遊の果てに死んで、頭骨に開いた気穴から泡沫が漏れた。
泡沫は螺旋の回転を描きながら上へ、鯨は巨大の肺腑を海水に満たされて下へ、緩徐に。彼の長大な旅は深海の低温に沈むことで帰結する。
沈む。歪む。死のリアリズム。
強まる水圧に彼の背骨が軋む。

だが。約7キログラムの鯨の脳髄はまだほんの少しだけ生きていて、無光層の中を落下する自らの肉体について怪訝と訝しんでいる。
見たことがある。
彼は考えた。
動かなくなって深海に落ちていく仲間の姿を、幾体も。

順番が来たのだ。
彼は思った。
この俺にも、奈落に落ちる順番が。

海洋の天井はまだ碧色の光を帯びていた。だが直ぐにそれも消えて、鯨は暗闇の中をゆっくりと落下していく。

浮力を得ず、暗闇の中を緩慢に落下する事が彼にとって死である。
深く、深く。
深層の死。

「おはようございます……」
懐中電灯によって暗闇に浮かび上がる顔。
瞼が厚くて寝惚けた顔だ。唇も腫れている。端的に不器量だ。泥海を這うハゼに似る。
「現在の滞在時間は120時間に到達しました……」
ハゼ顔の男が言った。生気に欠ける。生き抜こうとする意思に欠ける。
時刻は4時だ。
「私ごときゴミ虫のチャンネルを見て下すってありがとうございます……」
卑屈だ。
「それでは皆様からのチャレンジリクエストを見ていきたいと思います……」
尚も男は小声で喋る。
「鼻からストローでコーラを飲む……」

視聴者から特定は出来ないが、ハゼ顔の男は西新宿のネットカフェにいる。地域の最安店で、24時間の滞在料金が1500円。間仕切りで仕切られた半個室ブースの中にはPCとモニターと座椅子しかない。彼はいま半個室ブースにいて、リアルタイムに動画配信を行っている。MyTubeという動画配信サイトだ。
「480時間耐久ネットカフェレース」という企画に参加している。480時間の間、ネットカフェから一歩も外に出てはいけない。その姿をオーディエンスに配信する企画だ。
企画の付加価値として、ネットカフェの滞在費を彼はオーディエンスからの寄付でまかなう事にした。
そうでなければ彼は二十日間の滞在費を捻出出来ない。貧しいのだ、彼は。
視聴者は彼に「#チャレンジ」と称して無理難題を送る。彼がそれを実践し、成功するか面白くなれば、彼は出題の視聴者から寄付を受け取る事が出来る。寄付が絶えれば、彼のネットカフェ滞在は強制終了となる。

「依頼はセミクジラさん。セミクジラさん、見てますか……?」
ハゼ男は画面に向かって呼びかけた。小声だ。
画面上には視聴者からの書き込みが雑多と流れるが、「セミクジラ」というアカウントからの書き込みが流れた。
「見てるよ、早くやれ!!」

「それでは挑戦させて頂きます……」
ハゼ男はコーラの入ったグラスにストローを挿して、いざ鼻から其れを啜ろうとして、瞬時に咽せて、口からコーラを噴出した。

「Wwwww」
視聴者達が失笑のコメントを入れた。だが、彼の哀れな姿に憐憫する朋輩が100円を恵んだ。それが21人重なり、彼の挑戦は終わった。

「ありがとうございます……皆様のお陰で本日も生きていく事ができます……」
ハゼ男は慇懃に御礼を述べた。
これで、24時間の延長料が支払える。
少額だが食事も出来る。彼は朝になると配布されるモーニングサービス用の食パンと、ドリンクバーに置かれた味噌汁用のワカメで食いつないでいる。これで味のある物が食べられる。芋だ。芋を食おう。フライドポテトは安価だ。栄養価も高い筈だ。確かビタミンCが豊富だ。

まだ彼がネットカフェに入店して五日間。目標は二十日間なのだ。あと十五日もある。遂げられるだろうか。実の所、この五日間の軟禁が、既にして彼の精神を追い詰めている。

孤独だ。
彼のプライベートなメールボックスは、Amazonを騙るブラックメールと、西濃運輸を騙るブラックメール、あとは彼の友人、母親を騙るブラックメールが並んでいる。真っ当なメールなど無い。
彼がネット世界の深海に潜り、実社会から離れて五日。彼の実生活に連絡を入れる者など無い。
新たなメールが受信されている。
「二千万円差し上げます」とタイトルに書かれていた。
さる身寄りのない淑女が、死後の遺産分配人を探しているらしい。
そんな類のメールが来る日も来る日も彼に届く。幽霊のようだ。偽のAmazon、偽の西濃運輸、偽の友人、偽の母、偽の淑女。
また新たなメールを受信した。
「当選、スローライフの一軒家」
スローライフの一軒家、時価1億円相当。500坪の土地に古民家、木造一階建て。農園500坪が付帯して合計1000坪が今なら10万円。
夢のような提案だ、本物であれば。

孤独だ。
人間は狭所には暮らせないのだ。
俺は太陽の光を浴びたい、と彼は思った。日光は無料だ。
それにも関わらず此処はまるで深海だ。悪環境だ。しかも有料だ。
陽の光の届かぬ無光層に俺は生きている。

だがしかし。
遂げるのだ、なんとしてでも。彼は弱る気持ちを叱咤した。挫けてどうする。俺は、遂げるのだ。
賞金がかかっている。この企画に参加したMyTuberは10人。供託金は一人10万円。
最後に残った者たちが、供託金に集まった百万円を分配する。
遂げるのだ。ハゼ男は思う。
だが、その確固とした彼の思いを視聴者は知らない。彼の思いは軽薄な表層に隠されているのだから。

画面の向こう側で彼は、改めて気持ちを引き締め、惰弱に屈しようとする精神を戒めた。だがしかし。突然にして、その彼の背後でドアが無作法に開き、男たちが入ってきた。
制服を着ている。国家権力だ。K察。警察官が突然彼のプライベート(ブース)に闖入した。

「……?」

男たちはおもむろに彼に早口の詰問を繰り返し、有無を言わさずカメラの映す目の前で、彼を連行した。「え、え?」と戸惑うハゼ氏の力無い声をマイクが拾った。

「……!?」

ハゼ男が警察に連れて行かれるとカメラの前には誰もいなくなり、画面は再び暗闇に戻った。
無光層の深海の如き。
宵闇と静寂。

残された視聴者たちが騒然として、コメントを入れた。

「何?逮捕?」
「一体何をやらかした?」
「まさかの展開!」

そして、画面上には店員が現れて、何事も無かったように事務的な消毒と清掃を行い、配信源たるPCはシャットアウトし、ハゼ氏の「耐久レース」は強制終了した。

—----------

短編小説「檸檬畑より」
御首了一




—-----------

約20時間の拘束の後、MyTuberの彼、アカウント名「SHINJO」こと新条衛は西新宿の街頭に解放された。時刻は間もなく深夜0時。不夜城の辺境地域と言えどネオンは未だ活況だ。

乱雑の人間模様が入り乱れたネオン街で、彼は思わず震えた。少し冷える。それは体感的な気温低下であると共に、彼の社交性と経済の希薄さから来ていた。またネットカフェに戻る?
それしか無い。新条衛は帰る家を持たない。住所不定無職だ。預貯金の残額だけが心の拠り所であるが、ディープネットの賭博的な企画、「480時間耐久レース」の参加費支払いの為、彼は10万円を失い、もう彼には縋るべく預貯金が無い。
彼が無実の罪で国家権力に強制連行された事で彼はレースを欠格し、参加費は没収された。

「申し訳ありませんが」
とネットカフェの店員は冷遇に言った。

店内で無許可に動画配信していた事が店側に発覚し、彼は入店拒否をされた。
彼の拠り所であるネットカフェの店内には未だに国家権力たちがいる。不穏だ。

店内で人間が死んでいた。あろう事か彼のブースの隣で。死因は不明だ。少なくとも3日前までは生きていた。
間仕切りに仕切られた1メートル隣に死体を置いて、彼は動画配信していた事になる。

店外に出た彼は携帯端末を起動し、動画配信を始めた。活況の西新宿を背景にして。
「SHINJOです。生まれて、すみません。」
新条は自己紹介した。

「突然の配信終了で驚かれた方もいると思いますが……」
彼はオーディエンスに一通りの説明を始めた。ネットカフェの真隣のブースで利用者が死んでいた事、不審に長期滞在していた自らが重要参考人として強制連行された事、しかしそれもリアルタイムで配信を続けた事がアリバイになり、疑念は晴れた事。疑念は晴れても、常宿にしていたネットカフェから出禁になった事。

彼はライブ配信中に、リアルタイム逮捕されたtuberとして、話題にランキングされていた。それで彼の再開された配信には、比較的多くの視聴者が集まり、義援金が少額集まった。

西新宿の路上で配信中の彼に、西新宿の路上にたむろしていた若い鯨飲家達が群がった。
「俺、コイツ知ってるぜ」
黒白の服を着て鯱(シャチ)のようだ。ノッポと、金髪と、太っちょの3匹の鯱(シャチ)だ。
ノッポのシャチが新条に言った。
「マモルンだよ、お前、なあ?」
「誰だよ、それ」
黒白の服を着た青髭の鯨が言った。
「毒舌コメントで有名だった子どもチューバーだよ」
「子どもじゃないじゃん」
「だから、昔だよ」
「何か面白いことやってくれよ」

新条は返事をせずに立ち去った。
その背中をノッポのシャチが蹴った。
新条衛は路上に倒れて手掌を擦りむいた。

放り出された携帯端末が、遠くに転がった。
ノッポの鯱がそれを踏んだ。
「俺、コイツ嫌いだったんだよ、偉そうでさ」
「随分稼いだんだろ、俺たちにも恵んでくれよ」
「そういえば、コイツ確かさ……」

新条はノッポを押しのけて携帯端末を拾い、脱兎と逃げたが、難なく追いつかれてまた背中を蹴られた。
「バーカ」
その一部始終がリアルタイム動画に配信されており、彼は逮捕直後に悪輩に絡まれたチューバーとして、瞬く間に人口の俎上に上ったが、世論は寧ろ彼に批判的だった。

「え、SHINJOってあのマモルンなの?」
「俺も知らなかった!」
「俺知ってたよ」
「最悪!」
「俺ファン辞めるわ」
「金返せ!」
コメント欄が荒れた。

「タヒね!」

旧アカウント名マモルンこと、現アカウント名SHINJO、つまり新条衛はストリートから逃げ出した。
「待て!」
鯱達がそれを追った。
新条は道無き道を走り、路地裏の小さな、閉店間際で店主がシャッターを下ろそうとしている店舗に滑り込んだ。

「お客さん、何の用?」
店主は言った。黒い開襟シャツに金ネックレス。店主の眼は色付きの眼鏡によって隠れている。
「何の店?」
新条は言った。
「見りゃ分かんだろ」
男は言った。新条は店内を見た。事務所だ。
応接ソファとローテーブル。奥側に並んだ幾つかデスク。殺風景な店内。
新条は言った。
「暴力団?」
「不動産屋だ」
男は言った。

幽霊のようだ。実体が無くて空疎だ、何もかも。俺を嘲笑う奴らも、Amazonを詐称する奴らも。誰も彼も実体がない。そうだ、俺もまた何ンにも無い。住所も定収も、幾許かいた筈のファンも無い。幽霊は俺だ、俺自身だ。

死んだ鯨が長い長い時間をかけて沈んでいく。一時は深海棲の見たことの無い奇怪な生物たちが彼の周囲を泳いだ。だが、次第に生物の数は減り、周囲には白い小雪が漂うばかりになった。
鯨は沈む、尚も。緩徐に。
鯨の目が漂う小雪を見ていた。
死の世界を無間に落ちていくようだ。
やがて、彼の肉体は深海の最果てに着底した。柔らかな堆積物が濛濛と煙って周囲は白濁に濁った。
彼の巨体は重力の分だけ深く堆積物の中に沈んだ。
それから彼の肉体にはヌタウナギや深海エビや、蟹の類、具足虫などの死肉を食べる生物が群がった。
鯨の意識は肉体から離れて残っていて、彼は自分の死骸が細かな肉片に分解されていく様を見ていた。マリンスノウの中を孤独に落下していた彼は驚いた。こんなにも生き物がいる。
我先にと生物達が死肉を貪る。聖餐だ。狂瀾だ。鯨ほどの巨体で無ければ落下の途中で死肉は他生物に食らい尽くされた事だろう。
つまり、此奴らは鯨が空から落ちてくるのを永遠と待っているのだ。

—---

人々によって広場に運ばれる淡いイエローの果実が、ゴロゴロと籠から籠に転がる。その黄色い果実が小高く山になっていく様を新条は見ていた。

「檸檬(れもん)だ」
と、新条の隣に立つ男、西新宿の不動産屋、間宮が言った。

「ここの住人はみんな檸檬の木を持っている」
住人が自宅で収穫した檸檬を買い取る団体があるのだと言う。
檸檬を持った人々が列を作っていた。
その先では人々からカゴを受け取った団体職員が檸檬を選り分けている。

-------------

鯱から追われた新条が駆け込んだのは西新宿の不動産屋であった。
「物件探してんの?」
店主である間宮が新条に尋ねた。探してない、と言えば店から外に出されてしまうだろう。店舗の外からシャチたちの声がする。
「探してる」
新条は言った。
「どんな?」
間宮は言った。新条は窮地に立った。彼には全うして支払える資金がない。新条は家賃と共益費、敷金礼金を計算しようとした。没収された拾万円が惜しまれた。
「スローライフ」
新条のメールボックスに届いた詐欺メールが脳裏をよぎる。
「当選、スローライフの一軒家」
スローライフの一軒家、時価1億円相当。500坪の土地に古民家、木造一階建て。農園500坪が付帯して合計1000坪が今なら10万円。
「冷やかしなら帰ってよ」
間宮は言った。
「冷やかしじゃない!」
新条は探している物件の条件を言った。500坪の土地に500坪の農地付。合計1000坪が売買10万円。
それを言いながら新条は馬鹿馬鹿しさに呆れた。きっと冷やかしと思った店主は新条を追い出すだろう。

「あるよ」
間宮は言った。
「即日入居可能で似たような物件が」

------

檸檬の山が高くなるにつれて新条は不安になった。だまされているのではないかと思う。
西新宿から車に乗って4時間。S県の山中にいる。 奥志津村。このまま山に埋められるのでは無いかという不安が新条に付き纏う。だが新条を山に埋めた所で、誰も得をする人間はいない。それならば臓器だろうか。解体されて臓器が売買されるのだろうか。大きな病気をした事はない。些か栄養不足かもしれないが若い臓器は高く売れるかもしれない。

そんな不安も杞憂に。新条は更に山奥の廃墟に連れていかれた。
「此処だ」
間宮は言った。
「此処?どう見ても廃墟だ」
「古民家だ、農地付きの」
「どれが農地?」
「この裏、全部」
「森じゃないか」
長らく捨て置かれた木造家屋はすっかり崩れて屋根に穴が空いている。側面の土壁も剥げた箇所が多い。
農地もまた管理されないまま、年月が経ち雑草と雑木の林に変わっていた。こんな所に住めるのか。新条は絶望した。ライフラインは?
「問題ない」
電気、ガスの手配は既に間宮がしていた。
「水道は?」
「出るよ」
「出ない」
蛇口を捻っても水道は出なかった。
「おかしいなあ」
間宮が言った。金のネックレスが光った。
森林と間宮、こんなにも似合わない組み合わせはないな、と新条は思った。だが、それは自らも同じだ。自分もまた此処では異邦人なのだ。

「おかしいなあ」
間宮は言った。それで共同取水場まで山道を登っていくと、共同取水場のタンクの周りに集落の人々が集まっていた。どうも各戸の水が同じように断水しているらしかった。人々は原因を探りに取水タンクに繋がる配管を川上に向かって遡った。

歩いた距離は1キロにも満たないが、足場の悪い山道を進むことに新条は辟易と疲弊した。
「大丈夫?」
前を歩く女が新条に声を掛けた。こんなに若い女性もいるのか、新条は思った。新条よりも年上である事に違いないが、十も離れていない。他の住人たちは七十頃の老人が多い中で女と間宮と新条だけが年若い。だが、こと山道を歩く歩速に関しては年若い三人は老人たちに追いつけないのであった。
取水口は何者かによって荒らされていた。
「猪だな」
老人が言った。その言葉に緊張感があった。黙々と人々は取水口の修復を行い、足早にその場を後にした。
「猪が出るの?」
新条は女に聞いた。
「時々ね」
女は言った。
「猪って怖い?」
「運が悪いと死ぬわ、毎年そんな運の悪い人が一人はいるわね」

新条は新しく手に入れた新居の蛇口を捻った。
無事に水が出た。
「生水を飲まない方が良いよ」
間宮が言った。

水の騒ぎで遅くなったので、間宮は市街に下りてホテルに泊まるのだと云う。西新宿に戻るのは明朝で良いらしい。
「連れて行ってくれ」
新条は言った。まだ一人でこの廃屋に泊まる勇気が出なかった。周囲には家屋は無かったし、屋根も破れている。猪が出るかもしれない。
新幹線の止まる駅の近辺で、二人は簡単に食事を済ませた後に、ネオンの光る裏通りを暫く歩いてそのうちの一店に入った。
女たちが着飾っていた。どの女も新条より年上に見えた。日中に山間で会った女と同じくらいの年頃だろうか。
「お兄さん、仕事は何をしてるの?」
その然程若くない、姐さんが新条に聞いた。
「無職だ」
間宮が言った。
「ウケる」
女が言った。
「東京から山に引っ越して来たんだよ」
間宮が言った。
「ウケる」
女が言った。
「何処の山?」
別の女が言った。
「奥志津村」
間宮が言った。女たちが笑った。新条は全く面白く無かった。だが、此処にいる誰も新条の事を知らなかった。それが新条を安心させた。
「もっと飲みなよ」
間宮は言った。それで新条はもっと飲んだ。
「良い酒だぜ、これは」
間宮は言った。臨時収入を得て景気が良いらしい。
「新生活に」
乾杯をした。

酔った間宮が街中の酒屋でアルコールを買って、部屋で飲み直そうと云うので新条は付き従った。今晩は公園か何処かで寝るつもりであったので、有り難い申し出だった。間宮はビールを数本買っていて、ポケットから檸檬を取り出した。檸檬の淡いイエローが酩酊した目に眩しかった。
間宮は檸檬を半分に切って輪切りの檸檬を数枚作り、残りは絞って果汁にした。
それをビールに入れて、輪切りの檸檬をグラスの縁に飾った。
「苦い」
一口飲んで新条は言った。
間宮は新条のグラスに角砂糖を三つ入れた。角砂糖が炭酸に溶けて泡立った。

間宮は窓から街を見下ろしていた。
「つまらない街だよ」
間宮は言った。そんな言葉を聞きながら、新条は寝た。

翌朝になって新条は山間の新居に向かった。バスに乗りながら気付いた事に、廃墟と見られる家屋はバス通りに幾つも見受けられた。
そして愛する我が家に着いた時、新条は知った。あらゆる廃墟の中でも新条が買わされた家は最も襤褸で、最も奥まっている。

「騙された」
新条は言った。
新条は我が家を住める程度に掃除した。屋根に空いた穴から長年雨漏りが垂れたらしく、北向きの部屋は完全に使えなくなっていた。板間が腐朽ちていたのですべて剥がして縁の下が剥き出しとなった。
だがその他の部屋は新条の一日を掛けた不断の努力により何とか住める程度に整った。

「皆さん、如何でしょうか……」
清掃の様子を配信していたSHINJOは、一日の終わりにカメラに向かって呼びかけた。半壊の古民家を購入してスローライフに挑戦。古民家リフォームをリアルタイムで配信。企画として自信があった。これでまた視聴者の獲得ができる。

だが。

極端に視聴者は減っていた。
「つまんねえ」
「もう辞めれば?」

「田舎暮らしで挑戦して欲しいチャレンジリクエストの申し込みはコメント欄にてお願いします……」
元来陰鬱であった彼の声がより悲愴を増した。リクエストなど無い。彼に金銭を投じる者などもういない。

反応が冷えていた。
SHINJOは配信を切った。何も収益に繋がらない。
傾いた陽は瞬く間に落ちた。
山の夜は早かった。新条は陰鬱な気持ちのまま、襖を開けた。
そこは天井に空いた穴の真下。
剥き出しの土に、月影が落ちていた。
新条は穴から天を仰いだ。
空には星が輝いていた。新条は星というものを久々に見た。東京では星が見えない、という話では無い。新条は空を見上げる事を長らく忘れていた。ゴーストタウンのような町に来てしまった。そして新条の住処もまた幽霊屋敷のようだ。だが見よ、この夜空を。厳然と実体である。ネット上のゴーストたちはもういない。新条もまた幽霊では無い。

「あ」
新条は思い出した。布団が無い。

朝になると同時に新条は起きた。家の中に朝日が入るので起きてしまった。常宿にしていたネットカフェでは無かった事だ。昼間ですら日光に当たる事は無かった。
だが、早朝にして新条の新宅は朝日に満たされていた。

新条は爽やかな気持ちになって昨晩の寝苦しさを忘れた。新条は外に出た。

裏庭の農地に繁る木々が朝日に光っていた。
新条は木々の間を歩いてみた。
檸檬の木に淡い黄色い檸檬の果実がなっていた。
そんな木が幾つも生えていた。裏庭の農地は恐らく檸檬畑であったのだろう。
新条は檸檬の果実をひとつ摘果した。
これもまた売り物になるんだろうか。昨日見た檸檬の集荷場を思い出した。この檸檬もまた買い取って貰えるんだろうか。
新条は手近な檸檬を摘んで鞄に入れて、集荷場まで歩いた。
歩く事に慣れていない彼は、まだ半分の行程で疲弊して動けなくなった。それで彼は道端に腰掛けて休んだ。喉が渇いた。山間の道端に飲むものは何も無い。集荷場まで行けば水くらい飲めるだろう。
汗がだくだくと流れた。

数台の車が彼の前を通り過ぎた。
一台の軽トラックが止まった。

昨日の女性だった。
彼女の名前は佐江と言った。集落の中で雑貨屋を営む祖母の手伝いをしながら暮らしていると言う。新条もまた自己紹介をしたが、彼には何も紹介できる事が無かった。

軽トラックに乗せて貰って新条は集荷場でカバンの檸檬を見せた。
「初めての方?」

「昨日引っ越して来たんです、ほらあの一軒家の」
と女性が言った。
「ああ、あそこ?あんな所に?」
と酷く驚かれた。
「そうなんですよ」
と佐江が楽しそうに笑った。

檸檬は一個100円で売れた。15個の檸檬で1500円。それで佐江の店で新条はパンと缶詰を買った。
「他に必要なものはある?」
佐江は言った。新条は布団が無いことを思い出した。
「布団?」
佐江は笑った。
「うちのを貸してあげるわよ」
布団を積んで軽トラックで佐江が新条宅まで送ってくれた。
「天井に穴が空いてる!」
佐江は笑った。

その日の午後、新条は雑木を引き抜いたり、背丈ほどもある雑草を抜いて過ごした。
何も道具が無い事に彼は疲弊した。
夜は風呂に入った。天井に穴が空いている以外、上下水道、電気ガスに不便は無かった。厳密に言うと農村集落排水というもので下水道が通っているわけではないらしい。生活の汚水は排水管を通じて集落が共有する浄化槽に流れる。
新条はその日、猛烈にお腹を壊した。生水を飲んだからだと佐江に言われた。トイレが水洗で良かったと新条は心から思う。

晩になって。
風呂に入っていた新条はすこぶる上機嫌であった。それはひとえに佐江のお陰である。長らく新条は実体を伴う人間と付き合った事がない。むしろ、人間の目を避けるように暮らしていた。だが佐江には人を包むような温かさがある。佐江との会話はさしたる内容では無かったが新条は久々に人間との会話を楽しんだような気がする。
「しあわせはーーー……」
新条は風呂場で湯船に浸かりながら歌い出した。
その途端に家内の何処かでガタンと大きな物音がして、新条は驚いて歌うのを止めた。
だがそれきり、家屋内は静寂に包まれて、家を取りまく叢の虫たちの声だけが聞こえていた。

気味悪くなった新条は早々に風呂から出た。
家屋に怪しい物は何もない。
ふと、新条は西新宿のネットカフェで逮捕された経緯を思い出した。隣のブースで、新条と2mと距離を置かず死体があった。今まで気にした事は無かったが、もしやその死体が新条に取り憑いたのではないか。
いやまさか、と新条は自嘲した。そんな非科学的な。
その自嘲を嘲笑うように再びガタンと物音がした。何の音か知れない。気の所為では無い。
家屋の隅々を新条は調べた。だが、音の正体は分からなかった。
新条はその晩、佐江から借り受けた布団の中に潜った。昨日の板間に横たわる事に比べれば布団のある事の何たる有り難さ。だが新条は先からの物音が気になって仕方ない。寝付けぬまま夜が更けて明け方の空白む頃になって漸く新条は眠りについた。

「寝れた?」
翌朝、佐江は新条に尋ねた。新条が慣れぬ田舎暮らしに疲弊していないか様子を見に来たのであった。
「寝れない」と新条は昨夜の事を話した。
「ふうん」と佐江は言った。
「気の所為だと思うわ、古い家では良くあることよ」佐江は言った。
「気の所為では無い」と新条は思ったが口を噤んだ。
佐江が家から草刈機を持ってきてくれたお陰で農地の整備は思いの外進捗した。
大きな雑木は佐江がチェーンソーで切り倒した。本当は勇姿を動画配信でライブ中継する事を考えたが辞めた。佐江を映すのは気がひけたし、何より視聴者がSHINJOを求めていない。SHINJOが動画配信で収益を得る事は絶たれたのである。

夕方に佐江の紹介で山本さんという方が来て、天井の補修をしてくれた。
穴はどうする、と尋ねられたので、穴は塞がずに吹き抜けにして貰った。

その晩、夢を見た。
SHINJOがネットカフェで配信を行っている。その隣にいるネットカフェの利用客が、今まさに死なんとしていて、いま最後の一線を超えた。利用客たる女はこれから死ぬばかりだが、その死までの緩やかな時間、彼女はSHINJOの声を聞いている。

SHINJOのコメント欄がざわついている。
「ああ、やっちゃったなあ」
「憑かれたね」

それからまた書き込みがされた。
「憑いたわ」

新条は目が覚めた。まだ夜中だ。コオロギが鳴いていた。気味の悪い夢を見た。ネットカフェで死んだ女に取り憑かれる、夢。新条は今こうして見ず知らずの土地に一人で暮らす事に不気味を感じるのであった。ゴトンと家鳴りがした。

翌朝、住宅補修続きをしに来た山本さんが「この家は人が死んでるからなあ」と言った。その言葉の続きを佐江が止めた。

新生活の三日目。
新条にも分かってきた事が幾つかある。
まずこの集落は限界集落で消滅の危機を迎えている。子どもはもう一人もおらず、小学校は十年前に廃校になった。若い人々は市街に下りて暮らしている。地域の人口は年間1割ずつ減り続け、残っている世帯は約100世帯、人口は300人。住民の90パーセントが高齢者で、そのうちの半数が後期高齢者。専門家の見立てでは無人村となるまでに、早ければ5年。遅くとも10年。人口減少に伴い所有権者のいない空き家の増加が問題となっており、空き家移住者には転居費用補助と住宅取得費用補助と生活資金補助の三種類の補助金が用意される。

「なんだって?」
新条は言った。
「補助金?」
「知らなかったの?てっきりそれで転居してきたのかと」
新条は補助金を受けるどころか、通帳に残った預金額の凡そを黒シャツの金ネックレスに渡して此処に来ている。
「騙されたのね」
佐江と山本は憐憫の眼差しで新条を見た。
「新生活に乾杯」と言って高級酒を新条や店の姐さん達に振舞った間宮のすました顔が思い浮かぶ。道理で羽振りが良い訳だ。タダも同然で手に入る空き家を世話して、本来であれば新条が貰い受けるべき補助金は全て間宮が入手していたのだ。文句を言ってやる、と名刺に書かれた電話番号にかけたが、いつまでもサングラスの不動産屋は電話に出ない。
「逃げられたんだな」
山本さんが言った。

農地は約1000坪の広さがあるが、全域が荒廃とした棄農地であった。檸檬の木が100本程生えている。それぞれの果樹に果実が50~100個程度なっているので、それを摘果して集荷場に持っていけば当面の収入には困らなそうだった。大きな脚立や切狭が必要だったので佐江の家から借りた。

脚立に上がって檸檬の摘果をする。
常緑樹に囲まれた緑の村だ。緑の中に檸檬が光っている。
少し前まで新条はネオン街の地下にあるネットカフェに暮らしていた。太陽を知らなかった。だが、いまは太陽に囲まれている。光礫が眩しい。
「大丈夫?」
脚立を抑える佐江が言った。佐江もまた新条には眩しい。
佐江の協力を得て多くの檸檬を収穫した新条は、軽トラックに乗せられて集荷場まで運ばれた。

曲がりくねった緑の山道を緩徐に軽トラックは進む。
好天だ。山を、軽トラックを、荷台の新条と檸檬を青空が照らしている。運転席のカーラジオからポップソングが流れた。

途中、土木車両が山林を切り崩している箇所があった。
「あれは何だろう?」
荷台から新条は運転する佐江に尋ねた。佐江にも分からないという事だった。

檸檬の集荷は国道のドライブインの駐車場で行われていて、僅かではあるが住民以外にも旅行者が立ち寄る事がある。
そのドライブインに見知らぬ人々がいる。濃い灰色のスーツと白シャツが新条には海洋生物たるシャチを思わせる。

「誰?」
新条は佐江に尋ねたが、男たちの事を佐江も知らない。
「ちょっと」
男達の一人が佐江に物を尋ねた。その言葉が新条には聞こえなかったが、佐江の体が緊張で固くなった事は伝わった。
男達は次々佐江に名刺を渡した。

「誰?」
男達が去った後に、新条は佐江に尋ねた。
「電気畑を作りたいんだってさ」
佐江は言った。ソーラーパネルを大規模に並べた発電所を電気畑と呼ぶ。山村の土地は市街化調整区域であるため、一般的な建築物は建築できない。作れるものと言えば墓地か老人ホームか太陽光発電と相場が決まっている。それで売電家達が僻村の土地を買い漁り、反自然の電気畑を作る事で問題になっている。

「嫌な奴らだなあ!」
新条は言った。

その日、新条は帰る前に佐江の店で野菜の種苗を買って帰った。
「畑を作るんだ」
新条の鼻息が荒い。
「ちょっと変わった?」
佐江が言った。
「そうかな?」
「うん」

新条宅の農地にはかつて畑だったと思われる箇所があり、雑草を抜きさえすれば難なく鍬を入れる事ができて、新条は翌日その場所に幾筋の畝を作った。

新条はそこに大根とジャガイモとタマネギを植えた。

「大根は干して保存出来るし、ジャガイモと玉ねぎは長く保存できるから」
新条は説明した。檸檬が収穫できない時期も食いつなぐ事ができる。

新条の愛情が届いたのか、新条畑の野菜たちは順調に芽を出して大きくなった。
新条は初めて土に触れる喜びを知った。
「生きてる!」
新条は自然と共に生きる事にささやかな感動を覚えた。

11月。
山本さんがやってきて柿を沢山くれた。
食べると渋い。食べれなくもないが、美味くもない。
そんな話を佐江にすると、柿渋の抜き方を教えてくれた。柿のヘタを度数の高いアルコールに浸した後にそれをビニール袋に入れて密閉して放置すると、1~2週間で渋が抜けるのだという。
果実酒用のアルコールを佐江の店で買って早速試した。

畑に植えた種苗が元気に育っている。
収穫が待ち遠しい。

屋根の穴を改修して吹き抜けにした中庭に男女の幽霊が立っている。
という夢を新条は見た。

「ここは僕の家だから、勝手に居つかれるのは困るよ」と新条は言った。
「あなたの権利はあくまでも現世でのみ保証されるべきもので、幽世には関係ないから」と女の幽霊が言った。これは面倒な奴が来たと思って男の幽霊の出方を伺うと、彼の方は女の幽霊の背中に隠れて目を合わそうともしない。
「寧ろあなたの方が不法侵入とも言うべきで、あたしたちずっと前から此処にいるから」
と女の幽霊が言った。そう言えばこの家では人死にがあったと聞いたことがある。
「それがもしかして君たちのことか」と新条が言った。
「違うけど」
女の幽霊が言った。相変わらず男の幽霊は背中に隠れている。
「私空間というものはプライバシーが保たれるから私空間なのであって、君たちのような輩にいつ何時も覗かれていると思うと、全くこの屋敷は私空間ではない。ああ、僕は損をした」
「何処に行ったって私たちのような輩があなたを覗き見してるのよ」
女が言った。

野菜の収穫を楽しみにしていたが、或朝新条が畑に行くと畑が荒らされて野菜は全て引き抜かれていた。

怒りに震える新条に山本さんは言った。
「猿だな」
新条は怒りの矛先を見失った。

ある日の事、新条が畑から戻ると家の中に何者かの気配がある。
「猿に違いない」と、新条は思った。
悪戯猿が今度は新条の宅内を荒らしている。新条は考えた。鉈か猟銃が必要だ。だが新条の宅には鍬しか無い。山本さんを呼ぼうか。山本さんなら猟銃を持っている。
だが山本さんを呼びに行く間に猿に逃げられてしまう。新条は鍬を持って玄関を開けた。

そこには見知らぬ男がいた。突然現れた新条に驚いた顔をしている。だが新条もまた見知らぬ男の出現に驚いている。男は新条が作っていた干し柿を手にしていた。

泥棒だ!新条は叫んだ。その声に驚いて男は逃げ出した。
「待て!」
新条は鍬を持って男を追いかけた。が、結局逃げられてしまった。

「ああ、それはね」と久々に新条宅を訪れた佐江は言った。集落のある土地の更に上は完全に廃村となっていて電気ガス水道などの生活基盤は完全に絶たれている。かつての家屋が崩れかけながらも残されているが、そこに住み着き、自然人として暮らしている人間達がいる。

「彼らは芸術家なのよ」
売れない芸術家が集まって廃村に集落を作り原始的な生活をしているらしい。そんな話を聞いて新条は棄世の芸術家達が創作する奇抜なオブジェが点在する原始の村を想像したが、そんな愉快なものでもないらしい。
「だって誰も芸術家たちの作品を見た事は無いのよ」
売れない芸術家達が厭世して名前も芸術も棄ててしまった。だから彼らは芸術家ではあるが芸術はしない。芸術を棄てた芸術家は何になるんだろう?と新条は考えた。

「どう思う?」
新条は中庭の幽霊に尋ねた。
「まるで幽霊ね」
女の幽霊が言った。
「アイデンティティを放棄するなんて!」
「僕は違うと思う」
男の幽霊が口を開いた。新条は男の幽霊が喋るのを初めて聞いた。
「彼らは芸術を棄てたのではなく、芸術を生み出せなくなったのでは」
誰もが思う通りに作品を生み出す事が出来るなら円谷幸吉だって自殺などしない。
「円谷幸吉は芸術家ではないだろう?」
「根源的には同じ問題だ」
「それにしてももっと他に例はあるだろう?川端康成とか、金子みすゞとか」
「安楽に思い通りになるならば僕だって自殺などしない」
------------

黒服の男達が或る日に新条の家にやってきて、庭を見せて欲しいと言う。新条と佐江がいつぞや集荷場で見た電気畑業者であった。
「電気畑に最適な土地を探している」
彼らは言った。
「帰ってくれよ」
新条は言った。
電気畑事業者の非道な所作については新条も知っている。虫食い状に彼らは山林を電気畑に作り変え、その結果山林は地肌が剥き出しとなり、地肌の強度が弱くなり局所で地崩れを起こすようになる。その結果道路が寸断されたり沢水に土砂が流れて生活取水が濁ったりする。この土地が守ってきた山林に土足で踏入り、散らかすような真似はさせたくない。

「そうですか」
男達は帰った。
帰り際に一人の男が言った。
「あんた、見た事があるな。確か……」
「帰ってくれ」
新条は言った。

夕方、山本さんが浮かない顔でやってきた。
「土地を買うという輩がやってきて小難しい話をするんだけど、話がちっとも分からねえ」
「騙されちゃ駄目ですよ」
新条は言った。
「これが資料なんだが」
電気畑の事業者が各戸に資料を配布して回っているらしい。彼らはこの集落全域を電気畑にでもするつもりなのか。資料が配布された家はおよそ集落の全軒と思われる。
もし集落が電気畑化したら、それこそ此処はゴーストタウンだ。今でさえ数年後には廃村になると言われているのに。と、新条は電気畑が林立する無人の集落を想像した。無機質だ。ゾッとする光景だ。檸檬の果樹が広がる美しい緑の村落を失ってはいけない。

資料の趣旨は一貫して電気畑のメリットを挙げ連ねたもので、土地の有効活用とか管理放棄された土地の弊害であるとか、クリーンエネルギーが何とか、地球温暖化が何とか、エコビジネスは素晴らしいとかそんな美辞麗句が並んでいた。

「騙されちゃ駄目ですよ」
新条は言った。電気畑事業者は電気畑を作って管理する事を生業としているのではない。電気畑を作ったら不労所得者にそれを売りつけるオーナービジネスを行おうとしている。奴らは言うのだ。「良い儲け話がありますよ。電気畑のオーナーになれば毎月売電して定収入が得られます。資金を眠らせておくなんて勿体ない。上手くいかなければ転売すれば良いんです。何も不安はありません。さあ有効な資産活用をしようじゃありませんか」

そうして現地を見たこともないオーナーたちが電気畑の売買を始める。資本家たちによる地域社会の蹂躙だ。誰も土地に興味などない。この緑を、歴史を知ることなく土地は売買される。

新条は住民たちに訴えたが、新参者の新条に住民は冷たい。

或る晩に寝ていた新条は何者かに叩き起された。新条が周囲を見回すと、チンピラ風情の黒服の男達が三人、新条を囲んでいる。
「この町で新しく始まるビジネスにうるさい事言ってるのは、あんた?」
一番偉そうな男が言った。
顔は見えない。
「ちょっと痛めつけとく?」
男は他の二人に指図した。新条は抵抗しようとしたが羽交い締めにされて抵抗出来なかった。まず偉そうな男が新条の腹を殴った。文化系の新条はそれだけで心が折れた。
「あれ?痛かった?そんなに?」
男は今度は新条の腹を連続で殴った。一頻り殴ってから脛を蹴った。新条は痛みのあまり地面に蹲った。
「あんまり煩い事をいうものじゃないよ」
男は言った。

「煩い事って?」
声がした。黒い開襟シャツの胸元に光る金色のネックレス。悪徳不動産屋の間宮である。
男達と間宮は暫く睨み合った。相容れない存在である事は互いに分かる。
「ちぇ」
と男は舌打ちした。
風体の悪辣な間宮の威容に恐れをなして、というよりも単に暴行の目撃者が増える事を嫌って男達は去った。

「大丈夫?」間宮は言った。
「あんた、よくも、」新条は言った。自分を騙して事故物件の廃屋を売りつけ、行政から出る転居費用の補助金を横領した男。どの面を下げて再び新条の目の前に現れる事ができたろう。
「まあまあ」間宮は言った。
「過ぎた事はもう良いじゃない」

間宮の商う不動産会社の事業が大失敗して、新宿に居られなくなったのだと、彼は言った。
「それで?」
「俺も此処に住まわせてくれよう?」
「絶対駄目だよ!」
新条は言った。新条は悪徳不動産である間宮に騙されて奥志津に連れてこられたようなものだが、水が合ったのか今ではすっかり快活に暮らしている。朝から夕方までよく動く所為か、脂肪のたるんだ瞼とくちびるの浮腫も取れてこざっぱりとした清涼の好青年だ。襤褸の廃屋も山本さんの気の利いたリフォームによって小洒落た古民家に変わった。与えられたマイナスをプラスに変えたのは新条の忍耐であって、それをどうしてわざわざ、不幸の元凶たる悪輩に間貸しをするなど。
「絶対に、嫌だ!」
断固として拒否した。だが、感情論が先立てば新条とて不安だ。今日のような悪輩がまたやって来たら?新条ひとりでは抗う術を持たない。そんな事情から最終的に新条が折れた。使ってない部屋のひとつを間宮の部屋にして同居が始まったが、間宮は大概寝ているか、自室で呑んでいるか、市街に下りて姐さんの沢山いる店で呑んでいるだけなので、影響は新条の行う料理と洗濯の量が倍になった程度だ。さしたる問題はない。むしろ間宮が少額ながら生活費をくれるので、新条のジャガイモと大根中心の食生活は幾分豊かになった。二人の生活は順調であった。

間宮が現れた事で、黒服の男達は新条に暴行を加えようと企む事は無くなった。その代わり、住民の元に訪れては土地の売買を迫るので、そんな噂を聞きつけた新条と間宮はその後に住民の元を訪れて注意喚起を促した。

狭い集落の事なので黒服の男達と新条がすれ違う事もある。
「今度呑みに行かない?」
「良いですね」
表面上は平和だ。

12月。
本格的に冬が訪れて、新条はダッフルコートに身を包んだ。ドライブインで行われる檸檬の集荷が本格化した。僻村に寒風が吹く。集落を取り巻く常緑樹も冬は元気がない。
間宮と新条が、夕食の材料を買いに佐江の雑貨店を訪れると店頭には佐江の祖母さんがいて、佐江がいない。

「佐江なら裏の畑にいるよ」
と祖母さんが言う。
「行ってくれば?」
間宮が言った。
裏の檸檬畑に佐江はいた。脚立に乗って檸檬を摘果している。まだ畑の果樹には多くの檸檬が残っている。

風が凪いだ。
陽だまりが出来て、じんわりと新条を暖めた。

「来たの?」
佐江が言った。
「そう、食材を買いに」
「今日は何?」
「鍋かな」
「いいわね」

冬になると樹上の檸檬は淡さを増した。
檸檬たちが陽光の光礫を柔らかに反射している。

「今度、街場に行かない?」
「何をしに?」
「買い物とか?」
「いいわね」

新条は脚立の上の佐江を見ていた。束ねた髪が揺れている。街場に行ったら何をしようか。映画館に行くのも良い。などと考えながら、摘まれる檸檬を見ていた。

木枯らしが吹き抜けた。
「わ」
佐江が掌で風を避けた。檸檬林が揺れた。
新条は佐江のうなじを見ていた。

「大変だ、祖母さんが倒れた」
間宮が言った。

1月。
黒服の男達が佐江の店の自動販売機前で缶コーヒーを飲んでいた。
「姐さんならいないよ」
佐江を訪ねて現れた新条に男達は言った。

新条は暫く佐江と会えずにいた。
年末年始は佐江の家に間宮と遊びに行こうかと思っていたが、佐江が祖母さんの病院に通ったりとすれ違いが多く、機会を逸してしまった。気が付けば松の内も終わって、新年の浮ついた空気も消えてしまった。その間に新条の周りでは猪が現れたり、夜な夜な怪鳥の鳴く声に悩まされたり、山本さんが転んで骨を折ったりしたが、淡々と日々が過ぎた。

「また病院?」
祖母さんの具合が良くないらしい。新条も自販機で缶コーヒーを買った。それで缶コーヒーは売り切れになった。よく見ると自販機の商品に売り切れが目立つ。
佐江が不在で店が閉まっている事が多く、集落の人々は難儀をしていた。集落で唯一の商店になるので、店が閉まっている時には生活用品を買うために街場に向かう手前の住宅地まで下りないといけない。それで新条も佐江の祖母さんの回復を願っている。

「この店が閉じる事になったよ」
黒服の男が言った。
「まさか」
新条は言った。

「仕方ないのよ」
夜に訪ねてきた新条と間宮と山本さんに佐江は言った。
「祖母さんの入院代も高いし、退院しても家での生活は難しいだろうって。」
それで祖母さんは山を下りたところにある老人ホームに入所する事が決まったらしい。
「それでお金がね」
電気畑の黒服たちに土地の一切を売ることに決めたらしい。
「あいつらは買った土地を法外な値段で売る悪い奴らだよ」
新条は言った。
「じゃあ、あなたがお金をくれるの?」
佐江は言った。

新条と間宮は街場に下りた。
「初詣でもする?」
間宮は言った。繁華街から外れて少し歩いて参道に入る。参道は小さな商店街になっていたが、夜になって開いている店はない。無人の商店街の中を歩いて鳥居についた。

間宮は鳥居の前でお辞儀をした。新条もそれに倣った。
神社の中はまだ正月の痕跡が幾分残っていて、何組かの初詣客がみられたが、人々は小声で喋るので境内はひっそりと静まり返っていた。

新条と間宮が賽銭箱に入れた小銭音がコロンコロンと響いた。そして柏手の音。

「何をお願いしたの?」
新条は聞いた。
「特に何も」
間宮は言った。

それから二人で繁華街に戻り、ネオンの中を歩いて店に入った。いつか、新条が間宮に連れられて入った店であった。店内の姐さんが数人入れ替わっている。
「あら、いらっしゃい」
と姐さんたちが言った。いつの間にか間宮は常連になっている。

「山から下りてきたよ」
間宮は言った。姐さん達が笑った。
「また猪のお肉を持ってきてよ」
姐さんが言った。
間宮はいつの間にそんな事をしていたのだろう、と新条は思った。

「唯一の雑貨店が無くなっちゃうんだよ」
間宮は女達に言った。
「誰か代わりにやってくれる人を探すのはどう?」
「店を買い取って?見合わないよ」
奥志津村の人々は重宝して雑貨店を利用しているが、住民の人口が少ないため店の利益などほとんどない。雑貨店に置かれた缶詰などは埃を被って消費期限が切れている。
「金をドブに捨てるようなものだね」
「雑貨店が無くなったら、他の人もみんな出ていってしまうよ」
住人は高齢者が多く、頻繁に街場に下りることはできない。佐江の店が閉じるということは村の生命線を失うことに等しい。
電気畑事業者に土地を売るものは増えるだろう。人がいなくなればなるほど、不便な土地になる。連鎖的に住民が退去して奥志津地区は廃村の危機だ。

耕作放棄地と電気畑が広がる無人のゴーストタウン。
かつて美しかった山村の、人々の暮らしを知る者など誰もいなくなるのだ。
「仕方ないだろう」
間宮は言った。
「今さら人口など増えないし」
奥志津の人口は減る一方だ。
その人口を何とか増やそうとした時期もあったらしい。だが、結果は増えなかった。その話をした山本さんは言った。「結局、我々が死ねばこの村は消えていくしか無いんだよ」

奥志津を出ると言った佐江を、誰も引き止めない。

「部外者の俺たちが四の五の言うのもな」
「部外者じゃない。当事者だ。この村に住んでる」
「部外者だよ、それでも」
新条は納得しかねた。住んでいるにも関わらず部外者とは。

「献杯だ、消えゆく村に。」
間宮が言った。
「どうせならボトル入れてよ」
店の姐さんが言った。
「いいとも」
間宮がブランデーのボトルを入れて女達に振舞った。女達が歓声を上げた。

2月。
佐江の店や土地が売買される日が近付いている。
2月の夜に新条と間宮は佐江の店に行った。

「遊びに行こうよ」
「何処へ?」
「小学校」
「今から?」

十年前に廃校になった小学校は、再利用の計画も立たず未だに伽藍堂の校舎が残されている。
三人は夜の校庭に忍び込んだ。

「懐かしい!」
佐江が言った。かつては佐江もこの学校に通ったのだ。
「当時はまだ子どももいっぱいいてね」
子供たちで賑わった校庭も、小学校が廃校となり今では無人だ。

校庭を照らす照明はないが、月明かりが三人を照らした。

「ブランコ乗れるかな?」
佐江が言った。生温い風が吹いた。

校庭の中央に円卓がひとつ置かれていた。
「佐江、ここに座って」
新条が言った。

「なあに?」
言われるまま、佐江は校庭の中央に座った。

その時。
校庭の隅で火花が散った。
その火花が近付いてくる。それは料理に刺さった手持ち花火だ。それを男たちが運んでくる。

「何?誰?」
佐江は笑った。
男たちによって続々と料理が運ばれてきた。

「送別会」
新条が言った。
新条と間宮は村を出て行く佐江の送別会を企画したのだ。それで、山奥に暮らす芸術家たちに協力を仰ぎ、本日に至る。

プロジェクトマッピングで校舎が青く染まった。
「わあ」
佐江は歓声を上げた。
その青く染まった校舎の表面を滑るように一匹の鯨が泳ぐ。

シロナガスクジラの体長は30メートル。その30メートルの体に血液を循環させる心臓は、軽自動車程の大きさになり、血管は人間が立って歩ける程太いのだと言う。大きな校舎を水槽に見立てたプロジェクトマッピングだが、シロナガスクジラが泳ぐには窮屈そうだ。

佐江は旧校舎が水槽に代わり、鯨が泳ぐ光景に見とれていた。
その傍らに新条と間宮が立った。

「乾杯だ」

間宮が言った。
ジョッキに冷えたビールがつがれた。そこに檸檬を絞った。

「何に?」
「新しい門出だよ」
新条が言った。彼らに出来る事は佐江を笑って見送るしかない。電気畑の黒服の男たちも旧校舎に来ていて、先程から料理を運んでいる。
「佐江さんの門出に!」
一同は働く手を止めて檸檬ビールの杯を掲げた。

「乾杯!」
新条に出来る事は佐江を笑って見送るしかない。本当にそうなのだろうか。そうなのだ。
変化していく物事を留め置く事など出来ない。村はこうして滅びていくしか無い。
滅びていく村の有終を、美しく飾っていくしか出来ない。

だから、泣いてはいけない。

「ありがとう」
佐江が泣いた。佐江だってこの村を出て行きたくないのだ。残れるものならば残りたい。だがそれが出来ない。本当は残りたいと口に出せば、鉄心の決意が揺らぐ。だから言えない。

「ありがとう」
佐江は言った。泣きながら笑った。

プロジェクトマッピングは夜空の花火の映像に切り替わり、校舎の壁に大輪の花火が上がる。

花火の上がる効果音と共に音楽が流れて、パーティが始まった。
乾杯だ、コンチクショウ。新条は今晩、とにかく呑んだ。


死んだ鯨が深海に落ちて、海底に着底すると海底に住まう生物が一斉に死骸に群がり生態系を形成する。鯨骨を中心に其処では通常観測できない生物群が多く観測され、独自の生態系コロニーが形成され、それは鯨骨の完全分解されるまでの百年間に様々なステージを経なが維持される。鯨骨生物群集は海洋生物群の未解明の生活様式として注目されている。

或る日、天から堕ちてきた一匹の鯨の死骸を中心に、ひとつの村が形成されて百年の歴史を紡ぎ、鯨骨の消滅と共にその村は消失する。我々の暮らしたこの村もまた同じだ。

新条のような転入者。先祖から土地を受け継いだ住人たち。電気畑事業者の黒服の男たち。名前の無い芸術家たち。様々の人間が集まって、賑やかに生態系を繰り広げ、とうとう消える。

間宮は賑やかに騒ぐ人々を見ながら考えている。自棄の新条は黒服の男たちと一緒に騒いだ。
それを見て佐江が楽しそうに笑っている。

実の所、新条の購入した襤褸の住宅は、間宮の生家だ。新条は気付かなかったようだが、家屋と土地の売買契約は新条と間宮個人の間で取り交わされていた。独居していた間宮の母が人知れず死んだ場所でもある。

間宮なりに、村の人口増加に寄与しようとしたのだが、結局それも無駄に終わった。村に住む老人たちが死ぬことを妨げられないように、村から住人が転出していく事は防げられない。だが、間宮にとって新条が村で楽しく暮らしている事は喜ぶべき事であったし、彼の存在は滅びゆく村の最後の希望となるかもしれない。緩やかに消失していく村の未来はまだ誰にも分からない。

山間の鯨骨生物群集はまだまだこれから、新たな生態系のステージに変化していくかもしれないのだ。

「乾杯だよ!」
新条が遠くから間宮に呼びかけた。間宮は持っていたビールジョッキを掲げた。
ビールに加わった檸檬が、ビールに清涼な苦さと酸味を加えていた。
間宮は檸檬の爽やかな苦さが好きだ。

3月。
4月。
5月。
新条が仕事を見つけた。

6月。
7月。
8月。
奥志津村の檸檬が青い実を付けている。

9月。
10月。
檸檬が色付き始める。

11月。
奥志津村の人口は昨年に比べてまた百人が減り、残る住民は二百人。山本さんが肺炎で亡くなった。

12月。
檸檬の収穫が始まった。

新条は市街の飲み屋で働く佐江を見つけた。
あれから佐江とは連絡が取れず仕舞いで、新条は意識せずとも佐江の事を探し続けていた気がする。

「見つかっちゃった」
佐江は言った。飾り気の無かった佐江が、美しく化粧をして美人になっていた。夜蝶の洋装もよく似合って、店の姐さんたちの中で佐江の美しさは群を抜いていたが、その美しさが新条には悲しく見えた。

佐江が慣れた手付きでブランデーの水割りを作る。
「檸檬を添えられる?」
新条は言った。
「いいわよ」
佐江は言った。ボーイを呼んで輪切りの檸檬を持って来させた。だが、小ぶりで端正な形の檸檬はどう見ても外国産だ。佐江達が育てた無骨で味が熟成された檸檬では無い。

「ごめん」
佐江の、常連客が来たので佐江は新条の席を外れた。脂ぎった不遜で金の匂いがする男が下品に笑いながら佐江の腰を抱く。
婉曲的に佐江が男の接触を拒むが、佐江に拒否権は無いらしい。

新条は思った。なんと自分は場違いの存在なのだろう。平素は猿や猪の襲撃に悩みながら、時に沢水の取水が破断してその修復に労力し、手は土に汚れている。そんな自分がネオンの輝く繁華街にいる。此処には太陽がない。太陽の光の届かない深海のようだ。
男達も女達も深海魚の如く虚飾に満ちている。
此処は新条がいても良い場所では無い。それと同時に佐江がいても良い場所ではない。
檸檬畑の中で、檸檬を収穫していた佐江は太陽だった。太陽の光を蓄えて、淡く輝く檸檬のようだった。
その佐江が、美しさを厚化粧に封じてネオン街に、無光層の深海に暮らしている。その佐江を鮟鱇のような醜悪の徒が舐っている。
太陽を汚すな。檸檬畑を、俺たちの檸檬畑を汚すな。美しい緑の村を、蹂躙するな。

新条は、佐江の旦那に掴みかかり、脂ぎった悪輩を殴った。佐江が悲鳴を上げた。
すぐさま新条は店のボーイ達に取り押さえられ、殴られて、店外に放逐されて、そこで尚も殴られた。「キチガイめ!」佐江の旦那が殴られて地面を舐める新条を罵った。

殴られながら、新条は檸檬畑の中に見た美しい佐江の姿を思い出していた。檸檬畑で労働する佐江の美しいうなじ。限界集落の村で懸命に生きようとした美しい佐江。佐江が悪い訳ではないし、佐江の旦那が悪い訳でもない。だが、悲しい。新条は無性に悲しい。

檸檬畑の美しかった光景が、永遠に喪われた事が悲しい。村の太陽が喪われた事が悲しい。こうしている間にまた村が滅びに向かう事が悲しい。思い出が美しい事が悲しい。未だに佐江が美しい事が悲しい。

「畜生!畜生!」
新条は言った。

檸檬畑より、愛を込めて。

(了)

(短編小説「檸檬畑より」御首了一)

#小説 #ゴーストタウン #ネムキリスペクト #
nemurenu #黒山羊派