映画鑑賞の備忘録「秋刀魚の味」★★★★★
「秋刀魚の味」★★★★★
小津安二郎の遺作。1962年。観ようとして10分もすると入眠し、何度となく視聴を挑戦してようやく観終わった。名作である。何度も寝てしまったが、この映画はとても面白い。小津安二郎映画の魅力に満ちている。これを書いている今もまたこの映画を観始めたいし、そして観ながら寝たい。平和で泰平な眠りに着きたい。そう詰まらないから寝るんじゃない、安心するから寝てしまうんだ。
円熟した小津安二郎の映画手法が余す所なく発揮されている。小津映画にお馴染みの俳優たちも揃って良い。
とにかく酒を飲むシーンが多く、それがまた愉快で良い。小津映画は愉快な酒が多い。
平山(笠智衆)は妻を亡くして長女(岩下志麻)と次男と一緒に暮らしている。長男は結婚して家を出て妻と二人団地に暮らしている。
長男はまだ子どもを作るつもりもなく、長女も嫁に行く気もない。平山自身もそれで良いと思っていた。だが周囲から脅されて、長女を嫁にやることも考え始めた。そんな折、学生時代の恩師を囲んで小さな同窓会がおこなわれる。すっかり卑近に小さくなってしまったかつての恩師。教え子たちは会社の役付になったりと羽振りの良い暮らしをしているが、当の恩師は落ちぶれて卑しさが見え隠れする。「娘をつい便利に使ってしまって嫁に出せなかった。失敗した。」酔い潰れた恩師が愚痴をこぼす。その恩師を家まで送った折に、嫁に行き損なった娘(杉村春子)と鉢合わせる。老いた父、老いた娘。将来の無さに泣き出す娘。これには平山も感ずる所があった。
平山は少しずつ娘を嫁にやろうと準備をし始めるのであった。人は老いていく。そうと気付かぬまま。「いま」
が輝かしいものであったとしてもそれを維持する事など出来ない。悲しくはある。だが詮無い。変わりゆく日々に変化していく事の喜びを見出さなければならない。
笠智衆が圧倒的に良い。小津安二郎の映画は俳優が全てカメラ目線で台詞を喋る。カメラワークが大胆なので俳優の個性が強いとアクが強くなる。小津が描こうとする日常生活から遠ざかってしまう。笠智衆の素朴さは見事。小津映画になくてはならない存在。
映画中、岸田今日子がママをするバーで軍艦マーチが流れる。海軍出身の平山の部下が店内で行進を始め敬礼する。それに応じて敬礼を返す平山。それに付き合って敬礼するバーのママ。
このシーンが何とも良い。日本の戦後教育のおかげで太平洋戦争のイメージは暗い。戦勝国からの非難、罪悪感と謝罪に塗れている。このシーンの登場人物たちからはそのような暗さは感じない。過ぎ去った時代に颯爽と敬礼する。「日本が戦争に勝ってたらどうなってましたかね」「戦争に負けて良かったんだよ」「そうですかね」「そうだよ」
良い。
日本に敬礼。