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あゆみ

最初に謝って置きますね。
ばらばらと書きなぐって散らばってた過去ログを繋いで纏めただけの長文ですので、
ふと、この辺りにくっ付けて載せてしまおうと目論んだ俺の自己満足でしかない物で御座いますので、
特に目新しくもなく、面白味も御座いませんのでスルーされた方が宜しいかと存じます。
この計画性のない生き方が俺らしいと言えば俺らしいのですが、突発的な発作なのでご容赦下さいまし。





墓石って、なんでこんなに冷たいんだろう。


この石の下には、あんなに温かった人が眠っているはずなのに。
眠ってしまった人の人柄がどんなに温かな人であろうとも、その上に標として置かれる墓石にはその人の人柄は現れはしない。

墓石はこの俺の思いを拒絶しているかのように、触れた指先の体温を奪い取って行く。
そうか、この冷たさはあの人の無念を教えてくれる唯一の言葉なのかも知れない。



奇跡だったのか、偶然だったのか、それとも運命?だとしたら、それは余りにも無慈悲な再会劇だった。



高校一年の真ん中から大学一年の真ん中までの青春期真っ只中の三年間を共に駆け抜けた恋人と再会してしまったのは、俺が結婚してから15年もの歳月が過ぎ去った中年オヤジ真っ盛りの頃だった。

はっきり言って、その時の彼女には高校時代の面影は全く見当たらず、一見した時の印象は只の疲れ果てたお婆ちゃんにしか見えなかった。
俺もそこそこ、おじいちゃん寄りのおじさんではあったが、話し掛けて来たお婆ちゃんが同年齢のしかも高校時代の恋人だったなんて、マジマジと顔を眺めた後でさえ俄かには信じられない程に老け込んでいたんだ。

漸くの間、思い出の擦り合わせ?答え合わせをしている内に、思い出と共に彼女の顔に徐々に面影がメイクアップされ、間違いなく、よくよく見れば歩美である事が俺の中に証明されたんだ。

この世の中に、アラフィフになってから高校時代、つまりティーンだった頃のかつての恋人と再会した事のある人はいったいどの位いるのだろうか?

時の流れの残酷さ。時代の変化の残忍さ。
絶対に戻れはしない冷酷さに心が押し潰されて行くのを実感してしまうんだ。


俺と彼女とは、別の高校に通っていた。
況してや俺は最低レベル偏差値を誇る工業高校の男子校。
彼女がいるなんて奴は人間国宝的な奉られかたをするし、日常的にセックスをしているなんて事が知られたらマジで抹殺されかねない状況だったので、彼女を友達になんか紹介できる分けがなかったし、彼女とてバリバリヤンキーな高校に通っている彼氏なんかを友達に合わせられる訳もなく。
つまりは、共通の友達は全くと言っていいほどいなかった。
もちろん、同時はまだ携帯電話などなかったので簡単に連絡などは取れない時代だったんだ。
つまり、一旦別れてしまえば、お互いのその後の様子や噂話しや情報は絶たれてしまい、ただなんとなく幸せになっているのだろうと、漠然となんの根拠もなく心の隅っこにし舞い込むしかなかったんだ。

もちろん当時の俺にしてみれば、彼女は世界で一番可愛い彼女だったし、ゾッコンだったけども。
なんとも薄情なもので、歩美と別れてから一年後に桁違い?レベチな激可愛な彼女が出来ちまったので、歩美との事はすっかりと過去のものとして置き去りにしてしまったんだ。



再会して、あんな事もあった、こんな事もあったと思い出をつぶさに語る歩美の記憶力に、俺の思い出がついて行けなくて。
どうしてそんなにも、まるで昨日今日の出来事のように覚えているのだろうかと不思議と言うか、女の情念じみた感触にちょっと怖ささえ感じてた。

結婚に失敗してバツいちになり、その後独り身で生活している内に大病を患い、最近まで長く闘病生活をしていたと言う。
それ故の老け込みだと、現状の我が身を卑下しつつも、高校時代の自分達をまるで月九のドラマの主人公のように語っていたんだ。

焼け木杭に火が着くように俺達は体の関係を持ってしまった。
歩美はあの頃と同じ情熱を持って私を抱いてと激しさを求めては来たのだが、俺の体もそうだけど、クッキリと残された手術跡や病と闘って来た彼女の体には実年齢以上の老いが刻み込まれてしまっていた。


中学時代に付き合っていた彼女との関係は恋愛感情よりも性的な興味が勝ってしまい、女体に対する好奇心が旺盛で、特に女性の持つ性欲の激しさや快楽を求める底知れぬ欲望の果しなさと言うものを知っていた。
そもそもセックスのどこまでの行為がノーマルで何をしたらダメなのかが分からなかったんだ。
互いに気持ち良ければ、気持ち良くなれば良い。
性欲が晴らせられれば、満足感を与えてあげられればそれで良かった。

そんな考えのままで歩美との関係を築き上げてしまっていた俺だったので、歩美とのセックスは多分、普通とは言い難い趣向の性世界を繰り広げてしまっていたんだと思う。

十代半ばの若さを持って、有り余る体力や枯れる事のない性欲。
特に性に目覚めてしまった、と言うよりも、開発されてしまった女性の底無しの性欲の激しさは、当時の若さを持っていたからこその領域であり、アラフィフに至り体力が落ち、病に犯されてしまった身体なんかでは、到底たどり着ける分けがなかったんだ。


見た目では当時の面影が微かに残る程度で他人感すら覚える目の前のおばさんが、高校時代の思い出を如実に語り、俺の中にその実体験が遠い過去として確かに甦って来る。
響きは枯れているとは言え声色は当時の音声の艶色は残されていて、語り口調も懐かしさを誘う。
互いに老いてはしまっているのは充分に自覚しているけれど、勝手知ったる身体の結び合いに阿吽の呼吸が見事に合致してしまう、この違和感。
愛撫のやり方を変えなければ、潤いが乏しくて入れ辛くなってしまっている道具や、柔軟さを失っている体には無理を強いる事が出来なくて躊躇ってしまう体位。
その一つ一つに悲しくなるほどの時の流れを感じてしまい、上手に愛して上げる事ができなかった。



半年ほどは比較的に頻繁ではないにしろ、できるだけ時間を作って会っていたけれど、現実的な互いの立場が否応なしに掴めて来てしまい、特に歩美の思い描いている刹那的な夢物語はあくまでも夢物語に過ぎないのだと、自分の身体を持って知ってしまい、一年後には連絡は途絶えてしまった。

それから深追いする事もなく、何年かの時が流れたある日。
封書で届いた一通の手紙。







送り主の名前には全く覚えはなかった。 

しかし、その送り主の住所の名前は彼女の口から何度も聞かされていた港町だった。



飾り気のない、白い便箋には、
既に連絡を断ち切ってしまってから、暫くの月日が経っている彼女の名前が書かれていて、


その命日が記されていた。




孫娘の遺品を整理している際に、生前に大変お世話になっていた貴方から頂いた品物が、幾つも大切に保管された状態で出て来ましたが、既に今ではそのご縁も切れてしまったご様子なので、お知らせすべきなのかを迷いましたが、大切な孫娘の想いをと思いまして同封させて頂きました。 

ご迷惑でなければ御些少下さればと存じます。


達筆で丁寧な文字で書かれた文章が、良く晴れ渡った昼下がりの陽射しを消し去って、立ち竦む俺を一瞬にして底知れぬ暗闇の中に引き込んでしまうのだった。 

淡々とした静かな悲しみと居たたまれぬ後悔をもたらし、足許が揺らいでいた。


そして、その封筒からは、あの「鈍色のリング」が便箋の切れ端に包まれていたんだ。



確かに、大病を患って高校時代の面影は失われてはいたけれど、
再会後の彼女は、それなりに健康を取り戻している様に見えていたんだ。


つい、この間の出来事の様に甦る彼女の面影には、この世を去る影など見い出す事など出来なかった。 

それは、彼女のあの姿に違和感を感じなくなるまでに慣れ親しんで付き合ってしまっていた、俺の油断だったのかも知れない。


あんなにも身近に感じていた大切な存在の人が、この世から居なくなっていたなんて。 

もう、何処にもいないなんて。
もう二度と会えないなんて。






俺は、その後悔に追いやられ、居た堪れなくなって、ある日にその封筒に記してあった住所を尋ねて行ったんだ。




仏壇に上げたお線香の灰が、
くるんと丸まりながら、
燃え繋いでいる。


それは仏様が喜んでいる
記しだと、
何処かで聞いた覚えがある。


遙々と遠い港街の外れまで
長い時間電車に揺られて
始めて訪れてみた。


あれから三年。


忘れる事も出来ず、
亡くなった事実からさえも
俺は目を背けていた。


何度も聞いていた
あゆみの故郷の風景は、
始めて訪れたにも関わらず、
こんな薄情者の俺を
懐かしさの
中に誘うのであった。


赤レンガを積み上げた
倉庫の角を曲がると、
風景が一変して
目の前に穏やかな海が広がった。


潮風に背中を押されながら、
緩やかな坂道を登る。


確かに、あゆみに何度か
聞かされていた想像通りの風景に、
あゆみの子供の頃の姿が
見えていた。


港を見下ろす小高い山の上。


沖で停泊している船や
港の中で世話しなく動く船。


こんな美しい風景の中で
あゆみは育って来たんだな。


なんで今更になって、
伸び伸びとしたあゆみの
笑顔を思い出していた。


そうか、そうだったんだね。
ここで生まれ育ったんだね。



じっとこちらを見詰めたままの
あゆみの遺影に、
数え切れない想い出が廻り
身動きが取れずに
ただ見詰め合うだけの時が
過ぎて行く。


遥か遠くからの船の霧笛が、
何故こんなにも懐かしいのだろう。


立ち上がる事を拒むかの様に
遺影のあゆみが語り掛けてくる。


「ここが私の生まれ育った家なんだ。
話した通りに見晴らしが良くて、
素敵な住まいでしょ。 

やっと来てくれたんだね。 

何よ今頃になってから来るなんて、
遅過ぎるんだから、 

ここから、
夏の花火や雪の港を
二人で見て暮らしたかったな。」


真っ直ぐに立ち昇る、
白く細いお線香の煙が
揺らめき踊り出す。


それはまるで、
おどけながら
家事をこなしていた
あゆみの後ろ姿にも似て、
細く華奢なラインを
模しているようだった。


丸まったお線香の灰が
音もなくぽとりと落ちた。


差し出された遺品には、
若き日の二人が
おどけて、はしゃいで、
揺らめいて見えた。





当時の値段で
二千円もしなかったと記憶している。 

あれは確か、
表参道の古びたアパート前の歩道に
やる気のなさそうな
ヒッピー風のお兄さんが、
黒い敷物の上に
安っぽいアクセサリーや
ガラクタを並べて売っていたのを、
あゆみが笑顔で手招きをしてまでして
俺をその場に座らせて
選ばせたリングだった。


それはまだ
原宿にピアザが建つ
ずっと以前の話しだった。


そんなにも昔に
俺が買ってくれたんだと
嬉しそうに話してくれるおばさんが、
大切そうにドレッサーの引き出しから
出して見せてくれたのは、
傷だらけですっかりと
鈍色に色褪せてはいるが、
汚れやくすみのない光沢が
大切に保管されている事を
物語っているリングだった。


「歳は取りたくないよね。
指の関節が太くなっちゃってさ、
外すのに物凄く苦労してね。
それ以来、はめてないのよね。
これが指に入らなくなっても、
何故か何処かへ出掛ける時には
必ずお財布に入れて持ち歩いててね。
言わば、
私の御守りなのよ。」


そう言いながら
皺だらけの手を目の前に差し出して、
細く骨ばった薬指に
指輪をはめる様な仕草をする彼女の姿を
俺は黙って見ているしかなかった。



もちろん、
喜びはしなかった。
懐かしさや後悔なんかじゃないし、


恐怖からではないんだ。
得体の知れない複雑な感情が
腹の奥底から沸き上がって来て
鳥肌が立っていた。
分けも分からずに涙が溢れ出し、
心がざわついて嗚咽していた。



置き去りにした青春の過ちが、
あれからずっと葬られる事なく、
こんなにも長い時を経て
俺の知らない所で
こんな風に温め続けられていたなんて、
そんな事を
俺は認められなかったし
認めたくはなかった。

けど、
磨かれたリングは
紛れもなく輝いていたんだ。





まんじりともせずに、
色のない、
音もない空虚の中に
ぽつぅ~んと独人。


届けられた手紙の内容に
心を葬られたままで
己れの所在を喪っていた。


「まさか」
受け止められるはずのない内容を
否定するでもなく
かと言って
認められもしなかった。


遠い昔の記憶が
鮮やかな色彩で
昨日のできごとの様に甦り
その笑い声や
匂いまでもが
現実化して触れて来る。


あんな事をしたっけ
そんな事もしたんだよな。

そう言えば、
そんな約束もしてたんだよな。

今度、
いつか、



果たせなかった
「またね。」が
突然に胸をえぐる。



活字ではない、
達筆な筆文字で書かれた
流れる様な彼女の名前が
そのまま
戒名の様に見えてしまって
無意識に指先でなぞってた。



どんな風に
この世を去ったのだろう?
そうだ、
ちょっと電話でもしてみようか。






身の丈を越える
向日葵に隠れて
俺の名を呼ぶ君の声が、
それはまるで
向日葵の声
そっくりそのまま
君の様だと
キラキラと
余りにも眩しくて
「来年もまた来ようね」って、
俺は
その向日葵と約束をしてたんだ。



ねぇ知ってる?
この公園で
デートするカップルは、
結ばれないんだよ。
向かい合って座った
手漕ぎボートで
スカートの中を
見せ付けながらの上目遣いが
迷信なんだと
何処か
勝ち誇っている様に
俺には見えていたんだ。


汗だくの俺に
わざわざ抱き着いて来ては
「何故か安らげるんだよね、
この匂いって」
肩口に顔を埋めて離れなかった
暑苦しくて煩わしい可愛いさが
本当は嬉しかった。


膝の上に股がって
一周
抱き合ってキスをしてた
観覧車。


信号待ちの停車時間
より一層力を込めて抱き着いて
ヘルメットをコツコツとぶつけては
体を揺すって暴れてた。


さくらんぼの茎が
口の中で結べるんだよ。


用もないに、
無意味に俺の名前を呼んでは、
「なんでもないよ。」と
ふざけてた。


なんでもかんでも
小指を絡ませては、
「指切りしたよ。」って
約束をさせられていたんだ。

いつからか、
その手の薬指にはめられていた
露店商で買った
燻んだ色の安物の指輪


こんな物は
他人にしてみれば
ゴミの価値すらありはしない
小汚ない金属片なのに、
わざわざ
俺に送り返す程の価値も
意味すらありはしないのに

こんな物が
ありとあらゆる
青春の片鱗を呼び起こし

悔やんでも悔やみ切れない
取り返しの着かない記憶を
蒸し返させては、

まんじりともせずに、
色のない、
音もない空虚の中に
ぽつぅ~んと俺を
独人にさせていた。





艶がなく纏まりのない乾いた栗色のショートヘアーが悲しくて堪らなかった。


あの頃。
お腹の上に股がって上からキスを迫って来る時には、汗ばんだ俺の顔に絡まって、決まって唇に纏わり付いて来た長い黒髪。 

バイクで家まで送る時には、排ガスに曝されるのを嫌って、束ねてからジャケットの内側に仕舞い込んでメットを被ってたんだ。


あの自慢の黒髪が、今では頭頂部に幾つもの斑な白い筋を現して、
俺の知らない時間を過ごして来た事を物語っている。 

急こしらえで塗った真新しい真っ赤なネイルが、手の皺を余計に引き立たせ、
薬指の第二関節までしか入らなかった指輪を嘲笑っているかの様にも見えてしまった。



あゆみ。



講義を終えて広尾のキャンパスから電車を乗り継いでわざわざ俺の住む町まで何度も会いに来てくれていた。 

眩し過ぎるあゆみの都会的な美しさに、俺はあの町の寂れた景色の中で惨めったらしく嫉妬していたんだ。 

どんどんと洗練されて行くあゆみのセンスに、あの町で朽ちて行く俺にはとても太刀打ちが出来なくなっていたんだ。 

あの町の俺の通う大学と、あゆみの通う広尾の大学は、そのまま二人の距離に置き換えてしまったんだ。



あの日、
「私なんかが好きになっちゃって、ごめんね。」
そう言われた言葉に、あゆみとの距離を感じて、勝手に断ち切った思い。


電車の中で指輪を外した手でバイバイと手を振っていた、あの涙目のあゆみ。




あれから、何をどんな風に辿って来れば、こんなにも老けてしまうのだろうか。 

いったい、どれだけの苦難を乗り越えれば、あのあゆみはこの姿になるのだろうか。



キラキラした笑顔で、指輪をした手を空にかざして、
「大切にするね。」と、約束にすらなっていなかった一言は、
あゆみの人生にどんな意味があったのだろうか。




確か、当時の値段で
二千円もしなかったと記憶している。

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