見出し画像

歳を重ねてウィスキーを思い出した話

もう10年は経ったか、大学生のころの話。

サークルの飲み会も、学科の飲み会も、大学から少し歩いた最寄りの駅のチェーン居酒屋だった。決してすごく美味しいわけではないが、安い値段で飲み放題に出来るのが、お金のない大学生には最適だった。

ある日実家のキッチンに、家族が誰も飲まない貰い物のバーボン「Four Roses」が1本あって、それが僕のお酒のデビューだった。

以来、すっかりウィスキーの味を覚えた僕は、安いチェーンの居酒屋の飲み放題でも、1杯目はビール、2杯目からはウィスキーをロックで頼むことが多かった。今思えば、強くもない癖に背伸びして、安い居酒屋の安いウィスキーを注文する僕は、大変滑稽だったろうと思う。

でも、最初のひよこの刷り込みのように、僕の中のアイデンティティ(と呼ぶには少々大仰だが)として、琥珀色の40度の強いお酒の存在が、心の中にしっかりと刻まれたのは間違いない。

やらされた町内会の役員の集まりで飲んだパックの日本酒が、びっくりするほどお酒臭くてシツコイ味だったように、安い居酒屋の飲み放題のウィスキーは、僕が好むものと味は似ているが、どこかジャンルの違う飲み物だった。

でも、殆ど名前も味も覚えていない。人間は中途半端なものほど、記憶に残らない。安い居酒屋の飲み放題のウィスキーのように、そこでしか聞かない銘柄で、大して美味しく感じないものは、全く記憶に残らない。

だが、先日突然、「カナディアンクラブ」を、安い居酒屋の飲み放題で飲んだ記憶が戻ってきた。恐らく、飲み放題で飲んだものはノンエイジのものだったが、その日売り場にあったその瓶は、カナディアンクラブの12年だった。

開けて一口飲んでみたが、全く記憶が蘇らなかった。酒が年を重ねて美味しくなったのか、僕が年を重ねて美味しく感じられるようになったのかは、分からない。

だが、何度口に運んでも、舌が美味しいと言ってくれる。口の中に残る香りの余韻も大好きだ。僕がもっとも愛しているのはジョニーウォーカーの黒だが、これも悪くない。

日本酒も好きだし、焼酎も飲めるし、最近はビールも美味しく飲んでいる。でも、この魅惑の琥珀色の液体を、僕はまだこれからも忘れられそうにない。深夜に課題と向き合って、強いお酒をちびちびやる自分は、恐らく10年後にまた滑稽な姿として思い出されるのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?