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年森瑛の「N/A」を読んで

 年森瑛の「N/A」を読んだ。芥川賞の候補作ということで知り、表紙が妙に印象に残っていて前から気になっていたのだ。読めて良かった。ページ数は114ページとかなり薄い本だ。1時間もあれば読み終えてしまう。
 主人公はまどかという女子高に通う高校生である。彼女は学校で配られた保険だよりを読んで炭水化物を抜いて意図的に自身の生理を止めてしまう、というシーンで小説が始まる。
 まどかは学校ではボーイッシュな見た目なのか同級生の女子たちからは王子様扱いされている。バレンタインでは沢山のチョコをもらったり、同級生からは松井様と呼ばれている。
 物語の前半で、教育実習生のうみちゃんという女性から告白され付き合うようになる。しかし、まどか自身は同性愛者というわけではなく、過去に同級生の男子と付き合ったこともある。まどかは絵本のぐりとぐらやかえるくんとがまくんのような「かけがえのない他人同士」という関係に憧れており、それが現実世界で実現するには誰かと恋人になるしかないのではないかと考え、うみちゃんから告白されて付き合うようになる。しかし、思うような関係を築けずに2人は別れてしまう。
 この小説はこうしたとき、目の前にいる相手を傷付けないためにする気遣いに対する反感がテーマになっている。まどかは人を傷付けないように選ばれた言葉は所詮誰かからの借り物でしかなく、それは自分の言葉ではないと考えている。友人のオジロの祖父がコロナに掛かったときに、ありきたりの言葉ではなく「オジロが吐きたいことをここで吐けばいい」とメッセージを送るシーンがあるが、そこが設定したテーマに対する作者の解答だと感じた。
 この小説の最後は、まどかとうみちゃんが再会するシーンで終わる。うみちゃんのバイト先にまどかが偶然訪ねてしまうのだ。そのとき、まどかに生理が来てしまい困っているところをうみちゃんが助ける。それをまどかは下心だと勘違いして冷たい態度を取るが、そういうことじゃないときっぱり言われて恥をかいて小説は終わる。自分が今まで読んきた純文学の作品と比べると随分珍しい終わり方で新鮮だった。
 好きか嫌いと尋ねられたらどちらでもないと答えるだろう。なんとも言えない。ただ、作者の次の作品が刊行されたら読むと思う。
 

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