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転職の不都合

僕は転職を4回している。


初めは28歳。小さなインディーズレーベルから独立系メジャーレーベルへ。
初めの会社では、石の上にも3年と思って歯を食いしばって過ごした。
録音アシスタント、制作。雑誌ラジオなどの媒体にアプローチする宣伝、
タワレコなどのバイヤーと交渉する営業。
誰も教えてくれないし、何が正解かも分からない、
多少の理不尽は飲み込んで、とにかくいろんなことに打ち込んだ。

そんな中、30歳も近づきある程度の経験もして、
そろそろ次の世界へ行かないとまずい、と思い
転職サイトから応募してメジャーの世界に足を踏み入れた。

本当に役に立たなかった。
空気を読めず立っているだけで怒られ、現場では弁当を買いに走る日々。
音大まで出て「音楽」に携われるようになったのはしばらく経ってから。
"業界" みたいな空気に馴染むのも時間がかかった。


次の転職は33歳。放送系音楽出版社へ。
CDバブルはとうに弾け、レコード業界全体売り上げが右肩さがりになる中、
放送系という安定した会社へ飛び込んだ。
映画やドラマのBGMとなる劇伴を制作、若手作家の育成、
いままでJ-POPという世界とは全く違う世界。

当初活躍を期待されて入った新しい世界でも、僕は使えなかった。
要求されるレベルに追いつくことができず、自分の能力の低さを痛感した。
録音があれば誰よりも早くスタジオ入りして最後まで残る。
音楽の聴き方をイチから見直す。そんな生活を1年間続けた。

さすがに身体にガタがきた。
9時にスタジオ入り、3時に帰宅、みたいな日もあり、誰とも会えない日々。
今回は1年という短い時間で次の場所へ。
今振り返ると、本当に濃密で自分の土台を作ってくれた1年だった。

34歳、再びレーベルへ。今度はアニメ系のレーベルへ。
ここでは原盤制作ディレクターという肩書きだった。
なんでも屋、A&R、作家マネージャー・・・
過去に経験した仕事のどれとも少しずつ違う仕事。
さすがに全く役立たずではなかったけれど、
初めは先輩現場の歌詞の印刷から始めた。
ここでも初めから1人立ちが許される世界は待っていなかった。


思い描いたような華々しい活躍、待遇、そんなことはどこにも待ってない。
3社にわたってやってきたことは、
大なり小なり地道に信頼を積み重ねること。
その先に、ようやく任されるものがある。
隣の芝生は青く見えるけれど、そこで根を張って輝くには時間がかかる。

初めからキラキラと輝ける人もいるのだろうと思うけれど、
凡人は地道に生きていくしかない、ということだ。


そして4度目の転職は39歳。40歳を目前にして新天地へ。
当然求められるレベルも上がるし、成果も出していかなくてはいけない。
ただ、全てはこれまでと同じこと。
一つ一つ向き合った先に、また一つ大きな何かが待っている。
もっと大きな、もっと楽しいことをやる為に。
誰かが少しでも喜んでくれる音楽を、とにかく作っていこうと思う。

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