逆回りの時計【第九話】

 私は自分の失いつつある何かに怯えることがある。何かが何かは不明だが、とりあえずそれは何かだ。錨を下ろし忘れた船舶のように波にさらわれてしまいそうだ。ならば錨をとりあえず下ろせばいい。もっと的確に言えば、私が自分自身に自己紹介をして自分自身を再確認をする。そうすれば少なくともこれ以上自分自身を見失うことはないかもしれない。
 
 ただ、私は自己紹介というものがあまり好きではない。人前に出ると緊張するとかそういう事ではなく、もっと根本的な事を言えば私が私を知らないという事だ。
 よく「自分の事は自分がよく知っている」と人は言う。でも本当にそうならば人を傷つけたりしないし傷つけられたりしないはずなのではないかと常々、そう思っている。でもそれでは話が進まないので、「私の知っている私」と「私のプロフィール」の様なものを思い出して書いてみようと思う。

 私は18歳の大学生で政治経済を学んでいる。地元には両親が健在で、最近会っていない8歳年上の姉がいる。好きな食べ物は極端に辛かったり甘かったりしない物。ダイエット・コーラ。嫌いな食べ物は特に無い。
 以上。他には特にないが、文章が足りなさすぎる。もう少し掘り下げてみる。

 私は1998年2月26日生まれで、多分にもれず早生まれコンプレックスを持っている。小学校の時に初めて恋をして、半年もたたないうちに失恋した。中学校はその失恋の影に怯えて過ごし、高校に入って彼女に出会った。卒業間近で恋人となるが遠距離恋愛となる。心の拠り所であった彼女と離れるのは心底辛かった。私の知らない間に心が離れたらどうしようとか、至極普通の感情を持った。単純に五月の連休に戻るのは本当に楽しみだった。でも、そこに彼女の姿は無かった。そして見失った。
 
 家族について語ってみよう。
 家族は、市役所勤めの1973年生まれの父と一般主婦の1972年生まれの母。1990年生まれの素行の悪い姉がいる。そんなごくありふれた中流階級家庭の家庭で育った。
 小学校から既に姉は反社会的な人間だった。教師には義務のように歯向かい、登校したかと思うとそのまま行方をくらましたりした。そんな姉に両親は困ってはいたが、基本的なスタンスとしていまいち家庭に関心の薄い父と苦労知らずで子の心親知らずの母との間では、姉の素行は悪くなりやすかったのかもしれない。
 そんな家庭での私の存在はとても、そして常に希薄なものだった。姉の為に神経をすり減らしていた両親を物心ついたときから見ていた私は自然と物静かとなる。姉とは年齢が離れすぎていた。
 そして私は家庭内で孤立していった。家族とは付かず離れずだった。
 姉が高校を中退して県外で住込みの仕事を始めた頃には、私の立ち位置は完全に決まっていた。

 それでも大学に入る前、私はなんとか両親に自分の事を告白した。最初は戸惑った両親も理解をしてくれた。もちろん、少し間に、家庭に冷たい空気は流れたが、そんな空気が流れたところで私は変われない。根気よく姉を除いた3人で家族会議を開いたのだ。

 そして今に至る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?