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時事無斎雑話(8) ライフラインの優先順位についての経験的考察

 今年も3月11日が近づいてきました。震災の犠牲者への追悼、いずれ必ず来る次の地震への不安、未だに収束していない原発事故、さまざまな問題が解決されないまま放置される中で空疎なスローガンばかりが飛び交う現状への違和感……。その日に何を考えるかは様々でしょうが、実際に災害に遭ってしまった時にどうするかも、普段から考えておくべきことではあります。
 それと関連して今回取り上げたいのが、「ライフラインの優先順位」についてです。
 私自身は、これまで家を離れて避難生活を送ることを余儀なくされたことは幸いにしてありません。しかし地震や台風・豪雪などでライフラインが止まった中で過ごさねばならなかった経験は何度もあります。最近では2018年の北海道胆振東部地震の大停電の際、住んでいる集合住宅がポンプで屋上のタンクに水を汲み上げてから各戸に配水するシステムのため、停電と一緒に水も止まってしまい、電気なし水なしの生活が三日半ほど続きました。
 そのほか災害がらみではないものの、学生時代に住んでいた部屋を建物の取り壊しで引き払うことになった時、引っ越し前にガスが止められた上に水道管も凍結して水が出なくなり、厳寒期に火の気なし・水なしの部屋でしばらく暮すことになるなど、今から思えばけっこうサバイバルな生活もだいぶ体験しました。
 そうした経験も踏まえながら、私なりに、ライフラインに確保するべき優先順位を付け、止まった時の対処法についても併せて考えてみました。なお、非常時の食料については、どこかで別に書くかもしれませんが今回は触れません。


◆重要性1位:水道

 これまでの人生で、止まって一番困ったのはなんと言っても水でした。人間にとって酸素の次になくてはならない物質ですし、日常生活のあらゆる場面で必要となるものでもあります。しかも電気やガスと違って他の手段で代替することができません。飲み水がなければお手上げなのはもちろんですが、生活用水についても、止まってしまえば手も洗えない、トイレが流れない、拭き掃除も洗濯もできない、もちろん風呂にも入れないで、衛生面での問題も出てきます。
 断水の復旧は個人の力ではどうしようもないため、基本的には避難場所や給水車などからの供給を受けつつ復旧を待つ以外にありません。ただ、断水が長期化した場合に備え、あらかじめ対策を取ったり、対応を考えたりすることは無駄ではないはずです。

【対処法】

 単に飲み水だけなら、ペットボトルの水やお茶の買い置きがあれば1日2日はしのげます。長期保存が可能な「保存水」を備蓄しておくのも選択肢の一つでしょう。さらに人力や乾電池で動く簡易浄水器があれば、比較的きれいな池の水や風呂の残り湯なども飲料水として使用することができます。

※保存水の一例

※手動式浄水器の一例

 しかし実際には、飲み水だけあればそれで良いというわけには行きません。手洗いやトイレを流すためにも水は必要となりますし、長期的には洗濯や清掃に使う水を確保する必要も出てきます。
 断水が長期化した場合、身の周りにある使えそうな水をランク付けし、きれいな水はなるべく温存してランクの低いものから使うようにする、という方法もあります。ランク付けの順位やそれぞれの用途としては、例えば次のようなものが考えられます。

①ペットボトルの水、水道水の汲み置き、きれいな井戸水や湧き水(そのまま飲用・調理への使用可)
②きれいな川の水、汚れのない新雪を溶かした水(沸かしたりコーヒーフィルターなどで濾過したりする程度で飲用可)
③風呂の残り湯、きれいな池の水、きれいな氷を溶かした水(手洗い・洗濯・清掃にそのまま使用可、簡易浄水器で濾過すれば飲用も可)
④あまりきれいではない川や池の水、溜まり水、手洗いや洗い物に使った後の水(飲用不可。トイレの水や、布などで濾過すれば泥落としなどには使用可)
⑤海水(トイレの水に使用可。きれいなものなら手洗いや食器の洗浄、調理などにも使用可。飲用は不可。電気製品・金属製品の洗浄にも不向き)

 ただ、どの場合も、水を汲んで家まで運ぶのは想像以上に大変であることは頭に入れておく必要があります。胆振東部地震の時は近所のコミュニティセンターが水道を一般に開放してくれたためそこから水を汲んできて手洗いやトイレに使っていましたが、たった1回トイレを流すだけで消えてしまう量の水をバケツやタンクに汲んで家に運び込むのさえけっこうな手間でした。発展途上国の水道が整備されていない地域で、遠くの水源からの水汲み労働が子供の就学機会を奪う原因の一つとなっているのも頷けます。

◆重要性2位:電気

 経験上、水の次に止まって困ったのは電気でした。
 停電の影響はいくつか段階があり、最初に来るのが照明が消えることです。そのまま灯りが確保できなければ、月の明るさにもよりますが夜間はほぼ何もできない状態になり、1日の半分が使えなくなります。
 次に情報へのアクセスがままならなくなります。現在の状況を把握しようにもテレビはきません(注1)。胆振東部地震の際は、基地局も止まってしまったのか携帯電話の通話もインターネットへのアクセスもできず、さらに固定電話すら使用不能になりました。
 さらに停電が長期化すると、家電製品が使えずに困ることがいろいろ出てきます。胆振東部地震の停電では、季節が夏だったこともあり冷蔵庫の中の食品をだいぶ腐らせてしまいました。もちろん掃除機も洗濯機も使えません。また、FF(強制排気)式のストーブやファンヒーターは、燃料は灯油やガスでも電気がなければ点火も吸排気もできないため、電気と一緒に暖房も止まってしまうことになります。

【対処法】

 灯りだけなら、懐中電灯やランタンの準備さえあれば多少不便でも事は足ります。瞬間的に手元を照らす程度なら携帯電話の画面の光を灯りとして使っても良いでしょう。
 もっとも私自身は胆振東部地震の際、準備していた2個の懐中電灯が、片方(LEDライト)は入れっぱなしにしていた乾電池が液漏れしていて電極が腐食・破損、もう1つ(電球式)は電球が切れていて両方とも使用不能という想定外の事態に陥りました。辛うじて営業していた近くのスーパーに慌てて走ったものの、既に懐中電灯はおろかロウソクさえ売り切れ状態で、残っていたのは仏壇用の小さなロウソクだけ。それを小皿と画鋲とアルミホイルで急造した手製の燭台に立て、1本が燃え尽きる15分ごとに新しい1本に火を移して、なんとか灯りを確保し続けました。ロウソクは使用期限がない上に取り扱いも簡単で、さらに多少濡れようが泥をかぶろうが問題なく使えるため、災害時の光源(及び熱源)としては意外に有用ではないかと思います。ただし倒して火事にならないよう気を付けて下さい。

※長時間使えるロウソクの一例

 停電が長期化した場合、それまで家電製品に頼っていた作業を人間の手で行う必要も出てきます。ゲームは絶って、その時間と労力を他のことに使いましょう。掃除はホウキと雑巾で。洗濯はあり合わせの水で手洗いということになるでしょう。問題は冷蔵庫で、中身が腐る前に片端から日持ちのする料理にしてしまう以外ないかもしれません。情報収集もテレビやネットではなく乾電池で動いてくれるラジオからになりそうです。
 どうしても非常用の電源を確保しておきたいなら、家庭用の小型発電機や、最近普及してきた携帯式蓄電池を購入するという選択肢もあります。太陽光パネルとセットになった蓄電池であれば停電時にも充電が可能な上、日常的に小型家電の稼働に使って節電に役立てたり、キャンプなどのアウトドアで使用したりもできます。ただし、停電時にFF式ストーブや石油ファンヒーターを動かすことを想定している場合、点火時に必要とされるワット数より出力が大きなものを選ぶ必要があります。

※ポータブル電源の一例(実際はメーカーのHPから買う方が多少安い)

※ポータブル電源とソーラーパネルのセット(できればソーラーパネルはこれより大きなものを選んだ方が良いでしょう)

◆重要性3位:ガス

 個人的な経験ではガスは電気や水道に比べ災害に強く、停電や断水の中でもガスだけは問題なく供給されていることが少なくありませんでした。特に各戸単位で設置するプロパンガスの場合、家そのものが損壊しなければ止まる心配はほぼありません(注2)。むしろ、他のライフラインが止まった時にそれをガスでカバーする方法を考えるべきかもしれません。例えば断水時に野外から汲んできた水を煮沸して飲用できるようにする、停電で電気炊飯器が使えない場合にガスでご飯を炊く、などです。
 ガスは水道や電気に比べ他の方法で代替する余地があるため、ライフラインとしての重要性は多少低くなります。とは言え、止まってしまえばやはり生活のあちこちに支障が出ることに変わりはありません。過去にガスが止まって最も困ったのは風呂でしょうか。以前、豪雪で排気管が詰まって風呂釜が動かなくなり、雪かきで汗まみれなのに手足が冷え切っているという状態で風呂に入れなかったのは、やはり精神的にきついものでした。

【対処法】

 市販のカセットコンロは普段の生活でも使える上に維持費も安くメンテナンスもほぼ不要、持ち運びも簡単と長所が多いので、ガスが止まった時のバックアップとして常備しておいて損はありません。また、マッチや電池で点火する古いタイプの灯油ストーブは電気が止まっても暖房に使用できるほか湯沸かしや簡単な調理もでき、運搬も可能なため、災害時にも役立つはずです。

※別にこの商品にこだわる必要はありませんが、一例として

 以上が私自身の経験から考えたライフラインの優先順位と、それが止まった場合の対処法ですが、一方で、この優先順位は状況によって変化することを頭に入れておく必要があります。
 例えば厳寒期の北海道で災害に遭った場合、真っ先に確保しなければならないのは水よりも火=暖でしょう。災害に限らず、海や山での遭難でも、暖を取れるか=体温の確保ができるかどうかは、そのまま生死に直結する問題です。大学時代、船舶の遭難時に取るべき行動についての授業を受けた時も、最優先で行うよう教えられたのは「体温の確保」でした(注3)。また、備蓄の水があってもそれが凍結してしまえば、結局溶かして水に戻すための火が必要となります。
 実を言うと私自身は、災害に対して「備えあれば憂いなし」という言葉を安易に持ち出すことには懐疑的です。特に、「非常事態」下でもカネと社会的地位で結構な暮らしが保証されるような層が一般市民に対してしたり顔で「自助努力」「個人での対処」を呼びかけ、それをメディアが大本営発表のように無批判にタレ流す最近の風潮には強い反発を感じています。
 個人でできることはやりつつ(この記事がそれに役立てば幸いです)、一方で、個人の力ではどうしようもないことは政治や行政にきちんとサポートさせる(してもらう、ではなく)ようきちんと働きかけていくべきではないか。それが、私が3月11日に思うことでしょうか。

注1:私自身はそもそも家にテレビがないため、あくまで一般家庭の話です。
注2:一方で平常時のランニングコストは都市ガスよりかなり高くなります。
注3:他にも、油が流出して海面が火の海になっている時の脱出方法や、漂流時にカモメを捕まえる方法なども教わりました。どういう大学だとお思いかもしれませんが、そういう大学でした。

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