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【アルバムレビュー】Spectral Voice - Sparagmos (2024)

Blood Incantationが10月に3rdアルバムをリリースすることが先日、発表された。
そこで筆者は、数ヶ月前に途中まで書き溜めておきながらも下書きのまま残されていた記事の存在を思い出し、ここに公開しようと決めた。

正確には忘れていた訳では無いが、機を逃していた感が否めなかったのである。新譜のレビュー記事というのは、出来るだけ早めに出すに越したことは無いが、とはいえ聴く時間を要するものであるし、推敲などしているうちに気が付けば時間が経ってしまって公開に至らない、ということは実は以前から発生している。

しかしながら、2024年も下半期に突入しようという時に、私は今年の2月にリリースされたSpectral Voiceの2ndアルバムのレビュー記事を公開しようと決めた。何故なら、今このタイミングで公開しなければ一生公開できないと感じたからである(Blood IncantationとSpectral Voiceの関係性については本文中に記載)。

以下、下書きに残していた内容であるが、書き溜めていた文については出来る限り残し、書き終えていなかった箇所については加筆した。

では、久々のレビュー記事をお楽しみいただきたい。



OSDMというジャンルをご存知だろうか?

この記事を開くような方にとっては常識だと思うが、OSDMというのは「Old School Death Metal」の略である。
オールド・スクールなデスメタルって何ぞや、という話は長くなるので割愛するが、簡潔に述べると、「80年代後半〜90年代前半のスタイルのデスメタル」を指すと言ってしまって良いだろう。

このOSDMというジャンルは、NWOTHMスラッシュメタルと同じようにリバイバルが巻き起こり、特に2010年代の後半に盛り上がりを見せていたように思うが、一口にデスメタルと言っても色々傍流がある中で、更にOSDMそのものもいくつもの流派がある。

DeathMorbid AngelObituaryCynicAtheistを始めとしたフロリダ勢、EntombedDismemberGraveUnleashedCarnageGorementGod Macabre等のスウェーデン勢(所謂「スウェデス」)、PestilenceAsphyxSinisterを代表とするオランダ勢、Bolt ThrowerCarcassNapalm DeathBenediction辺りのイギリス勢等、90年代前半に数多く活動しデスメタルというジャンルを形成した、サブジャンルを代表するバンド達の多彩なスタイルを踏襲した(比較的)若い世代のバンドが、特に2010年代にリバイバル的に登場し、今も数多く活動している。
そして、現代のOSDMの文脈では、上記の90年代に活躍したバンド達に留まらず、IncantationImmolationInfesterといったアメリカの暗黒デスメタル、あるいはDemilichConvulseAbhorrenceのようなフィンランド勢(所謂「フィンデス」)、そして上記のように国には縛られないが、TimeghoulCrematory (SWE)、Cenotaph (MEX)、DisembowelmentStarGazerといった90年代当時に先進的で個性豊かだったものの、不遇だったバンド達(前出のDemilichや、カナダのGorgutsもここに含めて良いだろう)等、90年代のオールド・スクール・デスメタルの再評価が行われ、多種多様なスタイルがテーマとして存在していると同時に、ただの憧憬に留まらず、「再構築」を試みたバンドも多数存在している。

今回紹介するSpectral Voiceは、まさしくそうした「温故知新」「再構築」の流れを実践しているバンドで、所謂「ドゥーム・デス」の代表的なバンドとして、現行OSDMの文脈では大きく注目されてきたバンドである。

このバンドが大きく注目されてきた理由の1つとして、メンバーの実に4分の3がBlood Incantationと掛け持ちしているのもあるとは思うが、それとは無関係に、非常にレベルの高い作品をリリースしてきた事実が、理由としてやはり一番大きいだろう。

というわけで、今回の新譜への注目度は個人的にも高かったわけだが、まず私にとってSpectral Voiceがどういうバンドかについて語らせていただきたい。

Spectral Voice

私が現行のOSDMに本格的に関心を抱くようになったのは2017年のことであるが、何を隠そう、Spectral Voiceは私がOSDMに入れ込むきっかけとなったバンドの1つであった(最初はHorrendousの3rdだった)。

2017年というと、ちょうどSpectral Voiceが1stをリリースした年で、リバイバル系のバンドに限れば、他にもNecrotPhrenelithArtificial BrainUndergangVoidCeremony (EP)、Mortiferum (デモ)等、現行OSDMを追っている人であれば一度は聴いたことがあるバンドが軒並み重要な作品をリリースしている。
前年(2016年)も、Blood IncantationChthe'ilistGatecreeperらがデビューアルバムを出しており、とにかくこの時期にOSDMが盛り上がっていたというのは間違いない。

Spectral Voice - Eroded Corridors Of Unbeing (2017)

筆者を奥深き現行OSDMの世界へと引き込んだSpectral Voiceの1stであるが、2017年のベストに選んだマニア諸兄は多いと思う。
実際、名盤と言って差し支えない内容であり、ドゥームデスを語るのであれば避けては通れない1枚であろう。

Specrtal Voiceの音楽性を説明する際によく引き合いに出されるのはオーストラリアの伝説的Death/DoomバンドDisembowelmentであるが、他にもThergothonEvokenのようなフューネラル・ドゥームからの影響も感じられる。

更にはフィンデスの影響も強く、AbhorrenceRippikouluからは特に強い影響を受けていると思う(1stの1曲目「Thresholds Beyond 」の出だしはAbhorrenceの「Caught In A Vortex」を想起せずにはいられない)。

ちなみに、彼らの音楽的ルーツについては、下記インタビューに詳しい。

私が先に挙げたバンドの他、Paradise Lostの1stを始めとしたイギリスの初期ゴシックメタル(ドゥームデスと言って差し支えない)シーンに言及されているのも見逃せない点である。

Spectral Voice - Necrotic Doom (2015, Demo)
彼らの音楽を探る上で欠かせない初期デモ音源。この頃から音楽性の軸がはっきりとしていたことが分かる。

ここで、Spectral Voiceのメンバー構成に触れていこう。

結成は2012年で、この手のバンドによくあることだが、デモ音源やスプリット音源のリリースが多い。
現在のラインナップについては、以下の通り。

E. Wendler: Drums (2012-present), Vocals (2016-present)
P. Riedl: Guitars (2012-present)
M. Kolontyrsky: Guitars (2013-2014, 2015-present)
J. Barrett: Bass (2014-present)

Encyclopaedia Metallum: The Metal Archives

先に述べたように、このバンドの4人中3人がBlood Incantationと掛け持ちしており、具体的にはE. Wendler以外の3人である。
E. WendlerとM. Kolontyrskyについては、共にBlackened Death Metalを実践しているバンド、Black Curseに在籍しており、こちらも注目に値する事実であろう。

一方で、2度も触れていて言うのも何であるが、このメンバー被りについては聴く上ではそれ程気にする必要は無いと個人的には思っている。勿論誰が関与しているかは重要だし、考察する上でのポイントになるのは間違いないけれども、特に「Blood Incantationは知っているがこのバンドは聴いたことが無い」という向きについては、一旦この情報については横に置いてしまって構わないと思う。
上で貼ったインタビューでも述べられているが、彼らが幾つもバンドを組んでいるのはそれぞれで異なる表現をしたいがためであり、各々のバンドの方向性は明確に示されている。

さて、いよいよ今回の新譜の内容に入っていきたい。

Spectral Voice - Sparagmos (2024)

曲目は以下の通り。

  1. Be Cadaver

  2. Red Feasts Condensed Into One

  3. Sinew Censer

  4. Death's Knell Rings In Eternity

アートワークは1stや『Necrotic Doom』等、彼らの作品の多くを手掛けてきたManifesterで、レコーディング/ミキシング/マスタリングはArthur Rizk

Arthur Rizkは個人的に好きなエピック・メタルバンドEternal Championのギタリスト/ドラマーだが、恥ずかしながら今回初めて彼がエンジニア業もやっていることを知った(これまで気にしてこなかった)。
しかも彼が関わったバンドは有名どころが多く、Cirith Ungol (2020年作)、Dream UnendingEnforcedKreator (2022年作)、Malignant AltarMunicipal Waste (2022年作)、PissgravePower TripSoulfly (2022年作)、Tomb MoldUndeath (2022年作)等、挙げるとキリが無い(詳細はMetal Archives参照)。
現在要注目のエンジニアであることは間違いないだろう。

まず気になる点としては、更なる曲の長尺化だろうか。

元々1曲7分くらいは普通で、曲が長めのバンドではあったが、今回4曲中3曲が10分を超えており(12分弱1曲と、13分前後が2曲)、恐らく意図的であろう(10月にリリースされるBlood Incantationの新作に至っては20分と23分の曲が2つである)。
とはいえ、1stの2曲目は14分近くあるし、2023年にUndergangと出したスプリットでも14分近い曲を出していたので、驚く程のことではない。

それよりも、若干ではあるが音像が変化したことに気付いた方が多いかもしれない。

過去の作品と比べて、それこそEvokenのようなフューネラル・ドゥーム的なアプローチが増したなというのが個人的な印象で、ざらついた感じの音も相まって、密教的な雰囲気を強く感じさせるようになっている。
この音の感触は、E. WendlerとM. Kolontyrskyが掛け持ちしているBlack Curseと共鳴するものではないだろうか。

1曲目「Be Cadaver」からしてその空気感は顕著で、初っ端からアトモスフェリックなクリーントーンのアルペジオと共に遅いBPMで進行し、重苦しさと同時にどこか神秘性も感じさせる。中盤(6分過ぎたあたり)から加速するが、再び減速し、クリーントーンのアルペジオが導入される。終盤は更に減速し、やはりフューネラルドゥーム的な感触が強まる。

テンポチェンジの妙を心得ているバンドなのでもちろん速いパートもあり、緩急の聴かせ方はこれまで通り優れているが、やはり従来よりThergothonMournful Congregation、そしてEvokenからの影響が強まっていると思う。

流れ込むように切り替わる2曲目「Red Feasts Condensed Into One」でも同様の傾向が見られ、出だしこそブラストビートとトレモロリフで始まるが、早々にストップしてドゥーミーなパートへと展開。
さらに減速し、怪しげな詠唱とクリーントーンのアルペジオにより、リチュアルな雰囲気が増した後に、再び加速し、Incantation系の地獄感のあるリフへ。
5分半を過ぎたあたりで静寂の中、バーチャイムのような楽器やエスニックな音色の楽器が導入され(正しくは何なのかご存知の方いたら教えてください)、これまでに無いほどリチュアル感のあるパートへ突入。
その後ドゥーミーなパートを経て、9分辺りでアルペジオが登場し、同じメロディをなぞりながら進行し、メロウな旋律を挟みつつヘヴィで引き摺るパートで幕を閉じる、という展開となっている。

実は、この曲が最初に先行曲として公開された時、初め個人的にはあまりピンと来なかった(13分近くあるためすぐ全容は掴めないのは承知の上で)。
恐らく意図的に更にオーガニックになったサウンドプロダクション、ふんだんに盛り込まれた密教的なパート、そして相対的に減少したRippikouluやAbhorrence由来のフィンデス的ドゥームデス要素など、ともかく第一印象は様子見といった感じであった。

しかしこうしてアルバム全体がリリースされて聴いているうちに、彼らのやりたいことがはっきりと見えてきて、上述の要素も恐怖感の演出として有効に働いているし、第一印象が覆ることとなった。

3曲目「Sinew Censer」は1stの「Thresholds Beyond」を彷彿とさせるクリーンなアルペジオで幕を開ける。この曲は本作唯一10分を超えていない曲で、7分40秒という長さであるが、そういう意味でも前作に入っていても遜色無さそうな、従来路線の曲となっている。

アルバムの最後を締めくくる4曲目「Death's Knell Rings In Eternity」はほぼ13分という長さの曲であるが、鬱々しいメロディで幕開けし、破滅的な空気感のあるクリーントーンのギターで幕を閉じる、という構成となっている。
途中のパートについては、これまで通り緩急を使い分けたドゥームデスとなっており、やはり優れた展開美を味わうことができる。

余談であるが、本作のタイトル「Sparagmos」は古代ギリシア語で「ディオニューソスの信徒が行ったといわれる、引き裂きや切り裂きを伴う行動」を意味する。詳しくはWikipedia等を参照されたいが、耳慣れない単語ながらも、このアルバムの世界観を表現していると感じる。

そんな本作であるが、全体として統一された空気感で占められており、7年越しの力作であるとは感じつつも、個人的にはどうしても1stアルバムと比較してしまう節があり、ここはやはりそちらに軍配が上がるのではないだろうか…と思いつつも、リアルタイムで聴いていた思い入れ込みの評価ではあるので、公平な評価とは言い難いだろう。

彼らが本作で提示した、よりフューネラル・ドゥーム的な殺伐とした手法というのは、確かに前作やそれ以前のデモ音源から発展したものであるが、そうは言っても依然としてDisembowelment等の影響下の音楽性であることは間違い無い。決して真新しさを求めている訳ではないが、いかんせん前作が大変な名盤だった分、やはり本当に正当な評価を下すにはもう少し時間がかかりそうである。

力を入れて書いた割りに煮え切らない締め方となってしまって申し訳ないが、何を以て良いとするかによって結論が変わってしまうことはあると思う。

そういう意味では、本作は今年出たOSDMのアルバムの中でもマストで聴くべき作品だと思うし、AOTY級のアルバムと評する人も多いだろう。

7年という歳月を経てリリースされた本作は、元々高かった期待値のハードルはしっかり超えてきた作品だと思うし、何が不満というわけでも無いので、最後の最後であるが、ここは今年の推薦盤として本記事を終わりたい。
前作との比較抜きで考えれば、名作と言って差し支えないとは思うが、名盤か否かというのは、時間が決めることである…。


おまけ:

筆者のSpectral Voiceコレクション

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