風の電話

「風の電話」が死者と話せる理由

映画『風の電話』がベルリン国際映画祭で特別賞をとった翌日、
予定通り「風の電話」のある公園にいった。

公園といっても、佐々木格さんの家の庭を開放している。
6000平方メートルの敷地に、
ところどこに手作りのベンチがあり、
手作りの小さな図書館(森の図書館)があり、
手作りのツリーハウスがあり、
お茶が飲めるようにテーブルがあり、
洋風のお庭、に、ぽつんと、電話ボックスがある。
目立つようにではなく、
ホントにぽつんと、電話ボックスがある。

オーナーの佐々木格さんが、
55歳で早期退職をし、
森の中で暮らしたい、と、
釜石市内から大槌町のこの場所に移り住んだ。

2010年、いとこのガン死をきっかけに、
電話ボックスをつくりはじめた。
冬になり寒さが本格的になって、作業は中断していた。
そこへ、震災がおこり、完成させた。

高台にあるために津波の被害はなかったが、
自宅の坂を下ったところにあるホテルは、
半壊した。
美しい砂浜だった波板海岸は、
砂のない海に変わった。

亡くなった人と話ができるらしい。
口コミで、人が訪れるようになった。

電話ボックスに置かれている電話には、
電話線はつながっていない。
そもそも、亡くなった人と……オカルトもない。

佐々木格さんは、こう説明する。

喪失感、大けが、深刻な病気にかかったとき、
ひとは生命力ががたんと下がる。
生命力が下がったときにひとは、論理的に考えたり
行動したりできなくなる。
情緒的になる。

そうした状態で、風の電話に来る、
大切な人と話をするとき、
何を伝えたいのか、
何に自分は苦しんでいるのか、
自問自答する。
感性だったり想像力を働かせる。
すると、苦しみの中身が見えてくる。
苦しみを受け入れられるようになる。

そのとき、失った物語が終わり、
新しい物語が始まる。

亡くした大事な人と話ができる感覚になるのは、
そうしたことなのではないのか。
新しい物語が始まったから、
すっきりした感覚になるのではないか。

東日本大震災から10年目になる。
また新しい物語が始まる。