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わたしには何人かの「師匠」がいるが、
一番長く師事しているのは田原総一朗さんで、
いまはときどきしかお目にかからないけれども、
会って話を聞いているうちに
「また同じ話してる……」
とか呆れるというより
「その先の展開そっくりそのままいえるぜ」
みたいに自信が湧いてきたりするんだけど、
よくよく考えてみると、田原さんのことをほとんど知らない学生たちから
「田原総一朗さんってどんな人ですか?」
と聞かれたときに、毎回同じエピソードをしゃべっている自分がいて、
「ああああああ、おれも同じことばっかりいうようになってた……」
と、こっちは自信をなくしてしまったりする。

どんなエピソードかというと、大隈塾の授業で、
「いまの世の中、たったひとつの正解があるなんてことはなくなった。
むしろ、まったく正解がないことだらけだ」

といったあとに、
「きみ、○○についてどう思う?」
と質問をして、学生が
「□□です」
と回答すると、
「まったく違う!」
と切り捨てる。

そのあと、○○に対する田原さんなりの「正解」がとうとうと述べられる。

田原総一朗さん、そんな人。

同じことを繰り返ししゃべるのは老人性のものなんだろうけど、
それだけじゃなくて、アウトプットすることによって、
記憶を定着させようとしていることもある。

田原総一朗さんといえば、数字にむちゃくちゃ強い。
たとえば。

定年後の時間に関し興味深い数字がある。
22歳から65歳まで働けば、勤務年数は43年間になる。会社に拘束されている時間を1日8時間とし、年間250日働いたとしよう。すると次の計算式が成り立つ。
8(時間)×250(日)×43(年)=8万6000時間
一方、定年後はどうか。1日14時間を自由に使える日が365日続くと仮定する。男性の65歳下らの平均寿命は約20年なので、次のような計算式になる。
14(時間)×365(日)×20(年)=10万2200時間

こうした数字や計算式はもちろん、国の予算、GDP、いろんな数字が会話やインタビューの中に出てくる。
インプットした数字を、アウトプットしているうちに覚えてしまっているのだろう。

わからないこと、細かいことはgoogleで調べればいいや、
と思っているわたしは、歳を取るごとに数字に疎くなっていく。

聞いたこと、調べたこと、大事なことはアウトプットする。
アウトプットして、記憶に定着させる。
いくつもの聞いたこと、調べたこと、大事なことをつなぎあわせて、
自分のインテリジェンスにしていく。

そうした小さな発見を積み重ね、たとえ肉体は老いても、精神の成長は止めない。「堂々と老いる」とはそういうことだ。(『堂々と老いる』 田原総一朗 毎日新聞出版 2021年)