至近距離での
今年の冬は寒かった。
冬の毎朝の徒歩通勤に、手袋は欠かせない。
私は手袋を一つしか持っていないので、毎日使い、週末に洗うようにしている。
しかし、先週末は洗うのを忘れていたため、昨日帰宅後に夜に手洗いし、ベランダに干しておいた。
そして今朝、家を出る直前に、干したままだった事を思い出し、急いで取り込むが、まあまあ濡れている。
乾かそうと思い、ストーブの前に急いだ。
しかしそこには先客がいた。妻だ。
やむを得ない事態なので、横に体を捻じ込ませ、手袋を乾かす。
妻は濡れた手袋を触り、
「うえっ、脱水した?」と言った。
「いつもしてないよ」と私。
「そんなもん濡れたまんま4時間も放置すれば、菌が沸くやん、馬鹿が」
ストーブで体を寄せ合う至近距離で、妻にそう言葉を放たれ、私はひるんだ。
そうこうしているうちに、もう家を出ないと間に合わない時間になったため、私は濡れた手袋をそのままカバンに放り込み、そそくさと職場へ向かった。
「職場で乾かすしかないな」
会社までの道中、至近距離でのあの言葉と凍るような寒さの両方の冷たさで、ちょっぴり悲しい気持ちになった。
やがて職場へ着き、誰にも見つからないように、オフィスの一番日当たりの良い場所のイスにこっそりと掛けておいた。
「これで帰る頃には乾くだろう」
しかし、私には
このシチュエーションを見られたらと、在らぬ憶測が脳裏に浮かんだ。
今日、私の部署で出勤しているのは、課長と私だけだ。
この狭いオフィスの少ないイスの中で、手袋のイス付近に課長(女性)が来る可能性は大いにある。
私の頭には、課長による2つのシナリオが流れてきた。
パターン①
気付かず座ってしまい、
「ひゃぁ、何この冷たいの!何でこんなところに濡れてるものを置いているの!馬鹿が」
と叱責される。
パターン②
遠目から手袋の存在に気付き、
「あれはなに?手袋?
今日は晴れているのに何故干してあるのかしら。はっ!もしかして、罪を犯してしまったのだろうか」
と思われる。
①にせよ②にせよ、もしこのことが他部署に漏れ、社内に変な噂が流れたら、もうこの会社には居られないだろう。
その時、私の頭の中には、妻かや放たれた言葉がリフレインしていた。
「馬鹿が」
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