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私と卵と、これから。それから。 第二話

40代の自然妊娠率の平均が4割以下だなんて知らなかった。
卵子の質が35歳を過ぎたあたりから急激に低下するなんて知らなかった。
体外受精でも子供を授かる確率が40歳だと50〜75%くらいだなんて、パートナーもなく予定も立てられない39歳の時に、正直知りたくなかった。

年齢とともに妊娠しづらくなることは想像がついていたし、タイムリミットがあることも頭では理解していたつもりだった。ただ具体的な数字を突きつけられると、あまくない現実に動揺を隠せなかった。
急な情報の嵐に狼狽える私を他所に、不妊カウンセラーの方の話は続く。

「子供が一人でも欲しいならできるだけ早く、卵子凍結をしておくべきです。なぜならどんどん卵子の質は下がっていく一方で、パートナーと出会ってから体外受精を試みても時すでに遅し、ということが十分にありえるからです。例えば40歳の人が卵子凍結する場合、卵子を40個保存しておいても妊娠率は76%です。卵子の質が年齢とともに低下しているので必ずしも妊娠できるとは限りません。」

卵子を40個保存。いや、待て待て。40個って何?
それが、まず思ったこと。気づいたら失笑してしまっていた。
だって、卵子って月に一個じゃないの?それを40個とるってこと?
いや、本当に待って。さっぱりわからないんですけど。。。

わからないことが多過ぎて、その時聞いたさまざまな情報を処理しきれないまま、数字が指し示す事実に危機感を覚えた。何かの合格発表を待っているかのように心臓が脈打つのを感じて、気がついたらオンラインセミナーの画面を食い入るように見ながら血の気の引いた冷たい手を握りしめていた。
もしかして、私、やばいかも。
ほんとにそう思った。

実は、これまでに一度も卵子凍結を考えたことがなかったか、と問われるとそうではない。
35歳の頃、好きだった人に振り向いてもらえずようやく諦めがついた時。ちょうど転職先での仕事も軌道に乗り始めたタイミングで、もっと仕事を頑張ろうと決意したころでもあった。数年周期で訪れる「私も早く結婚しなきゃ!」と焦って葛藤する日々の5回目くらいの波を乗り越えて、もう一度前を向けたその時、確かに「卵子凍結」が頭をかすめた。
頭をかすめた、というよりも、その時は「突きつけられた」が正しいかも知れない。

それは35歳の夏、いまだにはっきりと覚えている。

その日、会社で女性向けの資産運用セミナーが開催されることを知った私は、何となしに同年代の同僚と参加したのだった。
一生独身でも生活していけるように、将来家庭を持った時の養育費・教育費の為に、いろんな将来像を想定しながら語られたセミナーは、所謂セールスだったけど考えさせられる内容だった。なるほど、備えあれば憂いなし。自分の人生に選択肢を準備しておく為にも、少し先を見据えて考えなければと、一人で考えを巡らせていた時、爆弾が落とされた。

「あんた資産運用もだけど、早く卵子凍結くらいしておきなさいよ」

先輩女性社員の一言が私めがけて飛んできたのだった。一瞬頭が真っ白になって、固まったのを覚えている。
「だってあんた、彼氏もいなければ結婚の予定もないでしょ。早くしとかなきゃ」、なんてきっと先輩はそこまでは言っていない(頭が真っ白になってたからここの記憶は曖昧)、だけど勝手にそう言われたような気がして、ものすごくショックだった。
隣に座っていた同年代、新婚ほやほやの同僚は「そうだよ!早い方がいいよ」って追い討ちをかけてきた。資産運用セミナーに集まった女性社員の視線を浴びながら泣きそうだった。
泣いてないけど・・・少なくともその場では。

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