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カイナデ・ウォーク・ディス・ウェイ

 左手の小指が旅に出た。

 2・3日前からアトピーの様になり、痒くて堪らなくて、今朝起きて収まっていなければ医者に行こうと思っていたのだった。

 起きると、小指に挨拶された。「やあ、お前の小指だよ。」口も無い、喉も無い、肺も無い、エラも無い(エラが有っても喋れる訳ではないだろう)、小指が、どうやって発声していたのだろう。

 お前と俺の関係は不思議なもんだな。お前が「何かを必死で握る仕事」だったら、もっと俺の存在に感じ入ったのかもしれない。野球選手なら利き手側の小指が、バットで受けるボールの衝撃を最後に殺す。大工ならトンカチの最初の一撃は人指しと親とに譲ってやるが、最後に釘にとどめを刺すのは俺だ。だが、お前は「漫画家」になった。ペンを握る手、は意識したことがあるだろうけども、ペンを握る指、更に言えば、その指を支える指、にまで意識を巡らしたことは?

 威圧的な奴、という印象を少し受けたが、言われてみればあまり小指を意識して生活してないな、と思った。

 漫画で、手が丸々人格を持って喋り出す、なんてのがあるが、ああいう「キャラクター化」では無く、自分の小指はもっと、ただ「小指」だった。目も口も無く、小指が小指のまま、喋っている。

「俺、居ても居なくてもおんなじなんじゃないかって」

 それは違う、と言い掛けて、言いかけた事そのものが儀礼的に思えた。引き止めなくては、というパターン運動。やめた。で、どうすんの。どうしたい、って報告か何かで、急に喋り出したの。

「小指が小指というアイデンティティを獲得するために、お前の小指であるために、俺は小指の意味を知るための旅に出たいんだよ」

 小指としての存在意義の追求も無くただ在る、という事実・現状を許せなくなり、俺の小指はその日の朝、ウチを出ていったのだった。

「こんにちは」

 街で見知らぬ女性に話し掛けられた。身体のラインが出ない、シックな灰色のワンピースを着た彼女をよくよく見ると、それは如何にも俺の小指らしい顔をしていた。柔らかい朝陽に溶け込む様に微笑んでいた。6年の歳月が流れていた。


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