マイペースな彼女 第6話「Excelもどき」
第6話*Excelもどき*
仕事をしていてふと顔をあげたとき、私の視界におのずと入ってくるのはパソコンの画面だ。たまたま向かいの席が空席ということもあるけれど、その先で私に背を向けて働いている恵子のパソコンの画面が丸見えということになる。
今も資料を作っていてなんの気なしに顔をあげると、視界に画面が飛び込んできた。ただそれだけのことなのに、なぜか妙な違和感がする。
あれはインターネット?
ちょっと目を凝らして見ると、画面中央より少し左のあたりに、たまごかけごはんの画像がぷっかりと浮かんでいる。
けれどなぜだろう、どことなく不思議な感じがするのは。
どうにも気になって、私は作ったばかりの資料を印刷しプリンターへと取りに向かいがてら、恵子のパソコンをのぞいてみた。
Excelだった。左上の隅に見えるXの文字も、リボンのアイコンの並びも、Excelの画面が開かれていることを示している。
それならばなぜ、あそこにたまごかけごはんの画像が浮かんでいるのだ?
どうにも腑に落ちないまま席に戻って私は考える。
あんな表示をさせるのは、なんの機能なのだろう。どんなことをしたらあの画面ができるんだろう。
自分でもExcelを開いて試してみるものの、インターネットの画面をそのまま差し込むようなことはできない。恵子が使っていたのは高度な操作技術か、新しい技なのだろうか?
考えても考えても、まったくわからなかった。
どうしても気になって仕方がなくなってしまった私は、恵子があの画面を立ち上げるところを見ようと思った。起動のタイミングであればヒントが得られる。仕事をしながらも意識して顔をあげ、恵子の様子をうかがった。
それにしても、恵子のインターネットを眺めている頻度は相当なものだ。私が見るたび、見るたび、パソコンの画面には靴だの、サプリメントだのが浮かんでいる。
そしてどのくらい経っただろう、ようやく時は来た。
見てしまえばなんてことはないからくりだった。恵子は画面を二つ重ねていたのだ。
最大で開いたExcelの上に、サイズを小さくして開いたインターネットの画面を、Excel上部のリボンから数式バーまでを残して、うまいことのせる。すると、Excelの中にぴったりとインターネットの画面がはまり、まるで初めからつながった一つの画面のようになるではないか。
今、恵子はそれをほんの数秒でやってのけ、不思議な画面でインターネットを閲覧している。
おもしろいぐらいにキレイにはまるものだと、私もすぐ試してみた。けれどこれが案外、難しい。
画面のふちをドラッグしても、なかなかちょうどいいサイズにはならないし、ぴったりと重ねられない。まあ、こんなものかと思うくらいの画面にするのでも、恵子がやっていたみたいに素早くはできなかった。
恵子は確実に技を持っている。すごいと思いながら、その一方で、よくわからないという思いも私の中に芽生えていた。
業務とは関係のないインターネットを閲覧するからと言って、そこまでしてあの画面を表示させる必要はあるだろうか?
私だって、ちょっとした雑談に出てきた時事ネタが気になって検索することや、天気予報、電車の遅延情報なんかをネットで見ることがある。そういうとき、恵子がやっているように画面を開く必要があるだろうか?
サボってネットを見ているだけだとバレないように?
いや、あんな画面にしていてもバレるものはバレる。ちょっと目に入っただけで違和感があるのだから、いっそなにもせず普通の画面にしていた方がよっぽど目立たないと思う。
ああすることでネットをしていることがバレていないと、恵子は思っているのだろうか。それとも、あれは建前として、ダメってわかっているけどちょっとだけやってます、みたいな免罪符として、必要な画面なのだろうか。
いろいろ考えていて、ハタと気付く。こんなことをしていたら仕事が終わらない。働かなければ。
私は慌てて作業を再開する。
それにしても、席を外している時間も長い恵子、席についていたらいたで、ゲームにネットに忙しい。彼女は一体いつ、仕事をしているのだろう。
(―マイペースな彼女― 第6話 「Excelもどき」おわり)
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