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【お試し読み】僕たちのミュージック

 見つけた! めちゃくちゃにかっこいいバンド!
 友人がでるから。そんな軽い気持ちで行った店で、りかは運命の出会いを果たした。


  *

 重いドアを引くとフロアはかなり混雑していた。人と人の間にわずかに存在する隙間を縫うようにして、できるだけ奥へと進む。
 ここはフロアとステージの高さにあまり差がないから、人垣の後ろからステージを観るのは難しい。りかは高校時代のクラスメイトのことを頭に思い浮かべて考えを改める。難しいどころか、もしかしたらまったく見えないかもしれない。
 こんなことなら出演時間を聞いておけばよかった。
 そこそこ人気のあるバンドの前座みたいな形でだけれど、演奏できることになったから観に来てよと友人からメールをもらい、それならお祝いがてら、にぎやかしに行こうと思った。
 バンドはいくつか出るだろうと想像はしていたけれど、入り口で購入した当日券にびっしりとバンド名が並んでいるのを見て、りかはビックリした。まさか十数組も出るイベントだったとは思っても見なかった。
 友人がいつステージに登場するかわからないのだから、様子を見つつ待つしかない。それでも、できるだけ前の方、ステージ近くに居た方が都合がいいはずだ。
 フロアでは聞いたことのあるようなナツメロが鳴り響く中、声を張り上げてするおしゃべりが、あちこちから聞こえてくる。開場したばかりでメインのバンドが出てくるまではまだまだ時間があった。
 長丁場のライブのとき独特のダラリとした雰囲気が、勢いよくステージ前へと歩こうとするりかの気力を削ぐ。結局、フロア中程よりも若干後ろ、ステージに向かって左側の壁際に身体を落ち着かせた。
 友人をステージに確認してからもう少し前にいけばいい。そんなに広くないライブハウスとはいえ混雑したフロアを、りかは嬉しい気持ちで眺める。
 友人のバンドをスカスカの客席から見ることほどの苦痛はないと、りかは常々思っていた。
 盛り上げようとひとりで大げさに暴れるのもおかしいし、かといってじっと立ってステージを見つめるのも気が引ける。
 どうしたらいいか、いたたまれない気持ちになりながらライブを楽しむなんてできない。そうなると音はまったく耳に入らなくなり、ライブ後、友人の顔を見ても的を得た感想の一つも述べることができなくなる。何度か味わった苦い経験を思い出して、りかは身震いした。
 大きめな音量で聞こえていた昔懐かしいポップスがフェードアウトし、客電もゆっくりと暗くなってゆく。あたりがすっかり無音になると、ステージには青いライトが照らされた。薄くフィルターがかかったかのようにかすんでいる青いステージ以外、フロアは真っ暗な海の底のように色をなくす。目が慣れるまではやたらと視界が狭い。りかは背伸びをしたり身体を傾けたりして、ステージの様子をさぐった。
 ステージ袖から人影が現れると、影は楽器を持ち上げた。光の加減で、ステージ上で動く人影はスローモーションのように見える。
 後ろから強い光があたっているだけだから、シルエットでしか確認できないけれど、これから演奏するのは男性が三人のスリーピースバンドのようだった。友人のバンドではない。りかは、いつでも出て行けるよう前のめりになりかけていた体勢をといて、元の隙間に収まると壁にもたれかかった。
 バスドラがドンドンと踏み込まれる。すぐにギターとベースもかぶせられ、フロアの空気が揺れた。いきなりの大音量でライブは始まる。
 重い。演奏者は三人だけなのに、速くて勢いのある曲がパワフルで、お腹に響いてくる。小さめのブレイクを挟んで、たたみかけるように迫ってくる音に、りかは圧倒された。そして強く迫ったかと思うと次の瞬間、ギターはきゅんとするような切ないメロディを奏で始め、そこに歌が続く。日本語の歌はすっと胸に入ってくるようで、そのすべてが聴きとれたわけではないにも関わらず、りかの目頭を熱くした。
 どの曲でも、歌はどんどんと、りかの中に入ってきた。日記のような印象の歌もあったし、吐き出された単語が並んでいるだけで、文章を成していない歌もあった。
 壁に寄りかかっていたはずの身体は、いつの間にか壁から数歩前進し、りかは食い入るようにステージを見ていた。
 曲調が明るくポップな感じに切り替わっても、ステージの照明は派手に輝くことなく、青く控えめに照らされるだけで、演奏しているメンバーにミステリアスな影を帯びさせる。青い光のカモフラージュで彼らが何歳くらいなのかも、りかにはわからなかった。
 そしてMCをはさむことなく何曲か続けて演奏したあと深々と頭を下げ、三人はステージを去った。
 ゆっくりと照明が灯されて明るくなっていくフロアでは、ちらほらと女のコのすすり泣きが聞こえていた。歌に気持ちを持っていかれてしまった女のコがたくさんいたのだなと、りかはフロアを眺めた。
 長い時間聴いていたようでも、あっという間に終わってしまったようでもある妙な感覚と、もっと聴いていたいという気持ちが並列して、りかの中に残っていた。
 かすかに胸を締め付けるようなこの想いはなんだろうと、どこかで聞いたことのあるナツメロとおしゃべりのガヤガヤが戻ってきたフロアで、りかが考えていると、すぐに次のバンドのメンバーがステージに姿を現した。見覚えのある小柄な女のコがギターのチューニングを始めている。友人だった。
 次が友人の出番だとわかったのに、りかは壁際にできた隙間に、来たばかりのときとおなじように自分の身体を押し込めた。もう少しだけ今聞いた音の余韻を、この胸に浮かんでいるなにかを、そのままにしておきたいと思った。
「今の、なんてバンドだったんだろう」
 そんなことも気になる。
 結局、友人のバンドの演奏が始まっても、りかはステージの近くへと進み出ることができなかった。
 緊張しているのか、あまり動かず、うつむきがちに演奏する友人を遠目で見つつ、聴こえてくる音をぼんやりと聴いているうちに、友人のバンドの出番は終わっていた。
 もうりかがここにいる理由はなかった。
「再入場できませんよ」
 重い扉の前でそう声をかけられ、黙って頷くと、りかはライブハウスを後にした。

 家に帰ると、いの一番にパソコンの電源を入れ、りかはチケットに印刷されているバンド名を片っ端から検索した。バンドのホームページがあったらメンバー紹介の部分に限定してチェックしていく。
 四つ目の検索で、メンバーの名前が三つだけ並ぶスリーピースバンドに当たった。シンプルなホームページに写真はない。
「エイトル……」
 インターネットタブをもう一つ開いてYouTubeにすると、りかはもう一度バンド名を打ち込んだ。エイトルとだけ書かれたライブ映像らしきものがいくつかアップされていた。一覧をざっと目で追い、画面に小さく表示されているサムネイルの中で最も青っぽい照明がついたものを選んでクリックする。
 たぶん、さっき聴いたのだと思う、なんとなく知っている曲が始まった。
「見つけた!」
 りかは喜んで、画面を開きっぱなしだったエイトルのホームページに戻す。ずいぶんとシンプルなホームページは言葉少なで、説明もメンバーの写真もない。画像といえば、手書きで記されたノートを撮影した写真が数枚あるだけだった。
 ノートにはつらつらと線の細い字で言葉が書かれている。苦しさ、悲しさ、淋しさ、一度は考えたことのある妄想、やけにリアルなイメージになって頭に飛び込んでくる言葉ばかりが綴られている。ナイーブで考えすぎで、それでいて自分の足で立つという強い意志も秘めているような人物を連想させる。
 りかは数時間前に観たライブを思い出した。
 音はハードコアパンクといっていいゴリゴリの重たいノイズサウンドだ。そこに日々感じる不安や反発を語った言葉ののる歌があった。こっそりと胸に秘める想いのような歌もあった。対極にある印象を一度に受けた。豪快と繊細。その間を行ったり来たりして、反動で振り子のように大きく振れていく感じとでも言ったらいいだろうか。そしてそんな感じに、すごく惹かれた。
 ホームページの下の方には物販にてCD―Rを発売中とあった。控えめな記載は、それが何枚あるのか、何曲収録しているのか、りかが知りたい情報をまったく教えてくれない。
 ライブ情報にこれからの予定も載っているところを見ると、更新が止まっているわけではなさそうだから、きっと今もCD―Rは売られているのだろう。
 いずれにしても直接確認しに行くしかない。ライブは都内で月に一、二回のペースであるようだ。ラッキーなことに来週も新宿でライブの予定がある。音源をゲットしたい。

 りかはスマホのカレンダーを開くとカーソルを来週に進め、「エイトル」と、彼らのバンド名を入力した。

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ちょこ
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