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<短編小説>新たな基準

就活はキビシイ。どうすればいいのか、考えてもどうにもならないレベルだ。
一方、会社は嘆いていた。おかしい。いつのまにか使えない社員ばかりだ、と。
これはとある人物の就活のおはなし。

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「えーっと、氏名、生年月日、出生時間。は? なに、時間って。まあいい、飛ばして次、出身地、出生地。出生地? 東京から見た方角? 履歴書にこんなこと必要か?」

 手を動かしながらも、出てくるのは文句ばかりだ。ただでさえ面倒な手書きの履歴書を前に、なおかつ初めて見る書式ときたら、つけたいケチはいくらでも出てくる。

 大学指定の履歴書が薦められているのは知っていたけれど、業界指定の履歴書が存在しているとは知らなかった。募集要項に書かれた必要書類欄には、それがどこにあるのか、購入するのか、あるいは配布されるのか、サイトからダウンロードするのか、詳しい案内はなく、「手書きにて記入された業界指定履歴書」とあるだけだった。

 ネット検索しても情報はなく、万策尽きて、仕方なしに大学内の就職支援室に相談してみれば、あっさり一言、「学内生協で販売していますよ」と片が付いて拍子抜けする。まあ人生とは案外そんなものなのかもしれない。

 就活はキビシイ状況だ。小さくなった採用枠に応募者は多数で、選り好みをせずに片っ端から受けてまわったって決まらないらしい。どうすればいいのか、考えてもどうにもならないレベルだ。

 それならばと、まあ興味のもてる分野の会社に端から応募することにした。ゆえに、大量の履歴書を用意しなければならない。パソコンで作成すればキレイで簡単なものを、どうしてわざわざ手書きして提出しろなんていうのだか。

 さらには、専用書式だなんて余分な手間が増えるだけに決まっている。つけたいケチは本当にいくらでも出てくる。それでも、書類選考に通らなければ仕方がない。書くしかないのだ。

 えーっと、氏名、生年月日、出生時間。だからなんなんだよ、出生時間って。そんなもん知るか。みんなそんなこと知ってんのか? ああ、次いこ、次。次はなんだ? 出身地、出生地、方角、ってなんだよ、方角って。いや、出生地の時点でおかしいだろ。

 文句を言いながら、それでもオレは手を動かした。


 結果は散々だった。まさかの全落ち。

 就活はキビシイ。おなじ内容の手紙を、いったい何通読んだことだろう。文末にある、「貴殿のご活躍を」、なんてお祈りは読み飽きた、という話はよく聞くが、オレとしては、別の文句が言いたかった。

「厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが今回はご希望に添いかねる結果となりましたことをお知らせいたします」って、今回ってことなんだよな。じゃあ次回もあるんだろ? 次はいつ選考してくれるんだ?

 それにしても全落ち。けっこうショックはでかい。面接すら、してもらえないんだ。オレってそんなにダメか? オレという人間を全否定された気分だった。


「ダメダメ、こんなんじゃ、そもそもがダメ!」

 入学式からつるんでいる友人が唾を飛ばす。

「提出物に空欄があったらダメっしょ。それだけでもう問題外」

 オレの履歴書を手に、じっくり見るまでもなく眉を寄せ、遠慮なしにダメ出しをする。もうどうしたらいいのか途方に暮れ、自分の力の限界をやっと受け入れ、打ち明けたというのに。

「空欄がダメって、ウソだろ。答えたくなかったらしなくていいって書いてあったぜ」

「そんなの真に受けてどうすんの。これだろ、もう一回読んでみろよ。ほら、声に出して!」

「えー、回答したくないものについては空欄でかまいません。ただし未記入であることや記入内容の判定への影響については、その有無を含めてお答えできませんのでご了承くださいって、空欄でかまいませんってあるじゃん」

「ポイントはそこじゃないよ。判定への影響についてはお答えできませんってとこ。この書き方だと、影響ありますって言ってるようなもんだろ」

「おまえはどうなの?」

「当然しっかり書いてるよ。もう何社か面接だって行ってるし」

「すげえな!」

「筆記試験のあるとこでさ、顔写真、撮られたわ。なんかそういうとこ多いらしいよ」

「替え玉受験チェック?」

「どうなんだろうな。それもあるだろうけど、あの手この手で選別してくるからな。まあ、容姿も整えておけってことなんじゃね?」


 そういうものなのか。回答欄は全埋めすべし。出生時間なんて知らないぞ。

 親に訊く? いや、面倒。テキトーでいいっしょ、書いてあればさ。

 文句を言いながら、やっぱりオレは手を動かした。


「ぜひ面接にお越しいただきたくご通知申し上げます」

 全埋めの効果は絶大だった。取り入れてすぐ、面接や筆記試験の通知が届くようになった。喜び勇んで挑む。

 友人の言っていたとおり、どの試験会場でも受付ののち顔写真を撮られた。

 やはりこのご時世、替え玉も多いのだろうと思う。写真と言われた途端、あきらかに動揺して受験を辞退する人を見かけもした。

けれど、だ。

 全埋めの効果は絶大だったけれど、力はあくまでも書類選考の通過にのみ発揮されるらしい。またもやおなじ内容の手紙が届き、落ち続けた。もう次で最後の試験となる。よりによって難関、業界最大手の会社を残すのみとなった。

 またもやどうしていいかわからない。藁にもすがるような思いで友人に電話をする。

「本当にできることはぜんぶやったのか?」

「やってると思う」

「ほんとに?」

 本当かと問われると心配になって返事に詰まる。他にもなにかあっただろうか? 思い出せ。こいつのアドバイスに従って書類通過するようになったのだ。もしかしたら今度も。

「そうだな、整えてきましたってわかるように美容室行けよ。ちゃんとやってるって言うならもうそれくらいしか思いつかん」

 考え込むオレに友人は言った。

 そうか、美容室。ぜんぶやったと言いつつも、わざわざ美容室へ行くまではしていなかった。確かに髪は伸びてきている。行ってもいい、行ってみるか。そんな気になった。


「おまかせでお願いします。就活中なんで、受けがいいようにしてもらえますか?」

 整えるという観点において自分のセンスなどというものは信じられない。

 ネットで美容室を検索し、似合わせのプロと評判の高い店に予約をした。

「就活中なんだね。それならさ、カットとは別に一万円かかるんだけど必勝法があるよ」

 モデルにも、アーティストにも見える、個性的な風貌の美容師がウインクをする。

「必勝法なんてあるんですか?」

「それがね、あるんだよ、今。おまじないくらいの気持ちでどう?」

 正直、うさんくさいと思った。一万円は大きい。けれど今は人生をかけただいじな時だ。できることはなんでも、おまじないでもしておいたほうがいいとも思う。ライトアップされた鏡の中に映る美容師はやけにキラキラしていて、現実離れして見える。これもなにかの啓示かもしれない。

「それ、お願いします」

 すっきり短めの髪型が出来上がると、美容室には似合わない消毒液のボトルと、歯科医院で見るような細長い器具が幾つか乗ったトレーが現れた。

 モデルにも、アーティストにも見える、個性的な風貌の美容師が、それまでの鏡越しではなく直接に、オレの顔を覗き込む。右側から前から、こちらが恥ずかしくなるくらいに長いこと確認し、それからおもむろに細長い器具を手にすると、そおっと優しく右耳の真ん中あたりを触った。

 一瞬、ちくっと痛みが走る。

「はい、完了」

「え、これだけ?」

「そう、これだけ。おまじないのほくろだからね」

 ほくろ。一万円のほくろ。オレ、騙されたのかもしれない。
 そう思ったけれど、いまさら言っても恰好悪いだけだ。

「ありがとうございました」

 不満は口には出さず、何とも言えない気持ちで美容室を後にした。


 ところが、美容室の効果も絶大だった。崖っぷちで臨んだ面接の翌日には二次面接の案内メールが届き、さらには役員面接も経て、次はいよいよ最終面接というところまできた。

 ほんとあいつすげえな。アドバイスしてくれた友人への感謝と、ウインクした美容師の顔が頭に浮かんだ。すごいのは、ほくろかもしれない。騙されたんじゃないかと若干落ち込みもしたが、騙されてなんかいかなかったにちがいない。

 けれどどうしてほくろが? 幸運を呼ぶほくろなんて聞いたことがない。霊的ななにか、ということなのか。まあ、なんだっていい。これで受かってくれるなら。


 最終面接は社長との個別面談だと聞いていたが、案内された会議室には社長と並んでもう一人、年配の女性がいた。どこかで見たことのある女性だった。テレビか動画かに出演している、弁護士とかコメンテーターの類いの著名人だろうと思う。彼女の手元にだけ紙がおかれている。

「では」と話し始めた社長から、当たり障りのない質問をいくつかされた。緊張しているか、試験が順調に進みどんな気持ちか、など、世間話の延長のような内容ばかりで、なにかの引っかけがあるのかもしれないとイヤな緊張をする。

「どうですか?」

 オレにではなく、隣に座る女性に対して社長が問うた。

「よろしいかと」

 女性は頷いた。その拍子に、手元の資料がちらりと見えた。写真だった。オレの顔写真、それもアップで印刷されたもので、耳に大きな丸が書き込まれている。

「今年度から採用の選考基準を変えてみたんですよ。君たちがその一期生となる。期待しているよ」

 最後に社長から握手を求められ、面談は終わった。


 数日後、採用通知が送られてきた。就職が決まった。それも業界最大手の会社に。



 同じ日、あいつからメッセージが届いた。

「その後どうだ? こっちは面接以降で苦戦中。こんな話もあるらしいぞ。どうしろっていうんだろうな」

 そんな文章に動画のリンクが張られていた。

「実際にわたくしも何社かの選考に関わらせていただいております」

 再生すると、このあいだの年配の女性がコメントしていた。テレビのニュース番組の録画のようだった。画面左上には、「占いの要素が判断材料」とタイトルのように記載されている。

「学業がどんなに優秀であっても、そのかたの本来持っている資質や導かれる方向といったものは測れません。そういった見えない、秘されている部分によって、会社での働きが決まってくるというのに。
 厳正な選考を続けているのに、いつのまにか使えない正社員ばかりじゃないか、こんなはずではなかった、という採用が続いていると、企業が悩むのも無理はありませんよね。そこにわたくしがお力添えをする。
 占いを使ってそのかたの秘された力を読み解き、それを採用担当者にお伝えしています」

「これが最新の選考基準ということになりそうですね」

 そんなまとめかたで、アナウンサーは年配の女性の言葉を引き取り、動画はそこで終わった。画面は、わざとらしいくらいににっこりとほほえむ年配の女性の姿が映ったままで止まっている。

 彼女が手にしていた、耳に大きな丸が書き込まれた顔写真を思い出す。面接会場で撮られたオレの写真だ。それから履歴書にあった、出生時間に方角の記載欄。
 そういうことか。いろんなことの合点がいったと思いつつ、急に身体が重くなった。

「なんだそういうことか。……なんなんだろうな」

 今度は思ったことを口に出したのだけれど、何とも言えない気持ちがした。


 就活はキビシイ。どうすればいいのか、考えてもどうにもならないレベルだ。


<了>


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