工業高校に行きたい⑤

2年から3年生へは、なんと、追試なしでストレートで上がれた。
これはなかなか想定外だった。
「追試・留年の場合は何日の何時に担任から電話します」
の時間にかかってこなかったので、そのあと担任に電話したら怒られた。

「イケさん!ギリギリですからね!いろんな先生がおまけしてくれました!!」

担任も変わらず、メンバーも変わらず。
(正確に言えばこの時に21人から20人に減った)

3年はあっという間に終わった。
でも私は卒業したら上京することが決まっていたので、まだ見ぬ未来への期待ばかりが膨らんでいた。
はやく東京に行きたい気持ちでいっぱいだった。

ちなみに卒業も追試なしで普通にできた。
多分超おまけしてくれた。

今思えばクラスの友達といる時は本当に幸せだった。
どう考えても完全に青春だった。

野球部のキャプテンに花火大会誘われたり、放課後カーテンの中で話したり、シーブリーズのフタ交換したりはしなかったけど、
私にとっては素晴らしい日々だった。

勉強が苦手な人は偏差値の低い普通科に行くよりも、
偏差値の低い工業高校に行くことを心からオススメしたい。
理由はなんと言っても…

手に職がつく。

まず、私はAdobeのPhotoshopとIllustrator、Premiere proが使えます。
製図が読めます。書けます。
日曜大工も割とできます。
バイトするにしても定職に就くにしても、これだけで幅がめちゃくちゃ広がります!

ちなみに私が今してるバイトの応募条件は、
「三面図が読める事、ノギス・マイクロ・シリンダーゲージが扱えること」
でした。
これだけで近隣の相場よりも時給は200円違います。

工業高校すごーい。

卒業して10年経ち、なんとなく卒業アルバムをひらいてみた。

みんなめちゃくちゃ笑ってた。
ふざけてた。
アルバムをみて、また笑った。
寄せ書きのページの半分は、誰かが汚い字で
チンコ」とだけ書いて埋まっていた。
クラスで1番頭の良かったサワピーからは
「一緒に卒業できてよかった!」と書かれていた。
ナチュラルに傷つけるタイプやん。

アルバムに卒業文集が挟まっていた。

クラスメイトが、「ヒロコ、二万返せ」とか書いてた。
修学旅行でエロい話したことを書いてる子もいた。
「恥の多い生涯を送ってきました。」から始まりただただ太宰治の人間失格の1ページ目くらいを書き写してる子もいた。

それをご丁寧にパソコンで打ち直している先生も含め最高にロックだった。

デザイン科の先生からのメッセージも良かった。
担任からの長文のメッセージは号泣した。
大人ってこういう時、1番伝えたいことを書いてくれるのに、子供には伝わらないんだよな。
10年経ってやっと伝わるんだもんな。笑

「何度挫折しても、くじけずに立ち上がって、前進していってほしい。」
と書いておきながら、
「大きな成功を手にしなくても、毎日明るく笑っていられる幸せを大切にしてください。」
と書いていた。

先生、10年後にまで私の先生しないでよって思ったね。(良い意味)

おしまい。

次は上京した話でも書こうかな…。

写真はいつかの授業にて制作したハシゴ(未塗装)

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