保護犬ボランティアに行って気付いた事

うちの犬は保護犬でも何でもない。
ブリーダーさんからお迎えした。

保護犬を迎える事は一つの選択肢だったけど、私の中で絶対条件ではなく、ブリーダーから迎えることも元々考えてた。

でもペットショップはだめ。
どんな子になるかわかんないし。
他にもだめな理由は色々あるけど。
でも目指す所はペットショップでお迎えした人が後ろめたい気持ちを持たなくていいような社会になれば良いなあ!ということで、保護犬のボランティアに行く事にした。(単純)

まず、保護されてる犬について調べた。
殺処分頭数は年々減ってるらしいけどそれでも2万何千頭。

住んでる市で見てみると…ん?ゼロ?
収容されてる犬もゼロ?ハテ??

「なんだ、全然平気そうじゃん!」
と思いながら気楽にボランティア団体行ってみたら全然違った。

保健所で収容されてる犬や殺処分頭数が減ってるのは、そもそもの犬の数が減ってるわけじゃなかった。
ただただ保護団体の方々が一生懸命保護してくれてただけだった。

犬は大体預かりボランティアの家で預かられて新しい家族を待つ仕組みなのだけど、それがもうパンパン。
1人で5頭も抱えてる預かりさんもいる。

あと、なかなか里親が決まらないでずっと団体にいる子はほぼハンデキャップ持ってる。
病気で治療に毎月数万円かかる子、目が見えない子、脚が不自由な子、なんか肛門の病気でうまくウンチが出せない子、腹水がすんごい溜まっちゃう子、糖尿病の子…などなど。
やっぱり、病気でお金がかかると分かった状態で里親になるという選択をするのは相当な覚悟が必要。
誰だって若くて健康な犬が欲しいと思うのは当然のことだと思う。
私もそうだし。

なんか…本当に犬を助けたいなんて、私は思ってなかったんだなって。
短期間でこんなに沢山の病気の犬を見た。
普段そんなに病気の犬に会うこともないから気付かなかったなあ〜。

善者にも偽善者にもなれない自分は、病気の子を預かることはできない。
ぜんっぜん愛情とか注げない。
多分病気の子じゃなくて元気な子だったとしても、自分の犬と差別しちゃうと思う。
自分の犬の方がかわいいんだもん。

こういうこというと
「自分の犬だっていつか病気になるかもしれないし、歳だって取るよ」
って言われるけど、それは全然別の話。
自分の犬ならいくらでも介護する。もう既に超愛してるもん。

だからこそ、預かりボランティアで無償の愛を注いでる人は本当に尊敬する。
偽善じゃできないことだと思った。まじで。

団体にいる犬はみんな個性豊かで可愛いけど、可愛いと愛せるは全然違う。
自分はせいぜい、一時的な犬の相手くらいしかできないんだよな。

人間の器が小さいよねぇ〜元々デカいとも思ってなかったけど!!

でも、全ての犬に幸せになってもらいたいのは本気!
犬と人間のバランスがとれた社会になって欲しいと思うのは本当!

だから自分に出来ることを無理せずやれば良いかなって思ってる。

それは、寄付や支援物資もそうだけど、私はパソコンが得意なのでポスター作ったりさせていただいている。
物を売ってる人はチャリティーにして売上の数パーセントを寄付してる人もいる。
犬よりも個性豊かかもしれない人間は、人それぞれできる事が違うから、得意を生かして支援できる!!!

保護団体にとって、お金はめちゃくちゃ必要。
だって病気の子ばっかりだもん。めっちゃお金かかる。
トイレシートもご飯もおやつも、めちゃくちゃお金かかる。

もし私が保護犬を迎えるという選択をしていたら、誇らしくインスタに「保護犬を迎えるという選択」ってタグを付けて投稿しまくってたかも。
そのくらい保護犬を迎えるということは超自慢できるほどの素晴らしいことです。

だけどその選択をしなかった私は、私の報いの為に何かしなきゃと思ってしまったのかもしれない。
でも本当はそんなこと思う必要全然ないはず。

これは、犬のためなのか、自分のためなのか。
もうなんでもいいから、結果的に犬のためになれば良いな。



…ということを預かりボランティアの人に素直に話してみたら、

「え!見てたらわかるよ!今ちょっと引いてるなって思うもん!でも良いんだよ!ありがとね!!」

だそうです。まじ器デカくて助かった。
ぶん殴られるかと思った。

ということでボランティアは続けます。
これを読んだ人がちょっと保護犬の為に何かアクションを起こしてくれると良いなと思います。

人間が撒いた種なので…犬好きな人間みんなで解決したい…。

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