結局結果論。

はじめましての方もお久しぶりの方もこんにちは。

例のウイルスのせいで学校の活動も自粛されていましたが、安全だと思われる地域では今日あたりから再開しているところもあるそう。日に日に都心部では危険が迫っている中で、そのような人たちに比べると確かに危機感がないように思われます。

そんな中でうちの高校の後輩が出校が危険だと訴え、休校を延長するべきだという署名活動を行っているのを目にしました。

自分たちの学年にもそのような風潮はあったかもしれませんが、ここまで大それたことは少なくとも僕は初めて見ました。

主張の筋は通っていたし、教育委員会を納得させるような内容だったと思います。相手に一方的に主張するのではなく、相手の立場も考えた大変できた首長で多くの人が賛同していました。多分こんなくそみたいな日記を閲覧してくださっている人の数より圧倒的に多いです。この運動を始めた学生の行動力には驚かされるし、それに従う人々の力は大きなものだと改めて感心させられました。

ただ、僕、それとまあ僕の家の近くにいる友人は「無駄だ。」とばかり思いました。ハッキリ言って。

うちの高校が頭がおかしいと言ったらそこまでですが、休校が延長されないと思う理由には大きく分けて二つあります。

1つ目には公共機関はリスクを考慮してはいるということです。

え?

リスクを考慮しているなら休校になるはずだと思いがちですが、それ以上に学生の学力の低下のほうが大きなリスクになると考えるほうが自然なのであります。感染するかどうかもわからん未知のウイルスを前提としては物事は何も進まないのです。

確かに3月中は感染を恐れて休校という措置を全国的にとるようにしました。ただ、それは学年の変わる終盤で学ぶべき必修事項については8割方終わっているため問題がないように見えたのもあり、ここで終息に蹴りをつけにいった行動ともいえます。ウイルス側のリスクを考慮した行動をこの時はとることができる余裕があったのです。

学校が始まる4月から急行の措置をとってしまうと必修事項の履修が追い付かなくなります。そのために学生にとっても教員にとっても貴重な長期休業を削るという措置もとらなくてはなりません。すべてのリズムが完全に崩れるという確定しているリスクと感染するかもしれないという曖昧なリスクとでは前者を採用するというのが圧倒的セオリーであるということがいえます。

二つ目は結果論でしか物事をとらえられないということにあります。

一つ目と似た考えではありますが、こっちのほうが極論です。

例え話をすると、大雪警報が出た日に学校を休校にしない雪国の教育機関は「大雪で人が死ぬわけではないから休校は無しだね。」と認識しているところにあります。実際にここで誰か1人、物騒ですが死んでしまったら「前例があるから休校!」という措置をとる可能性が出てきます。死んでしまった子供の両親やPTAが教育機関に事後で訴えることはできるでしょうが、事前に訴えることはありません。なぜなら、まさか自分の身の回りでそんなことが起こるわけではないと認識しているからです。誰もが他人事のように考えるわけです。

後からならいくらでもいえることは別に言わせてもかまわないというのが機関の立場です。そうなってくると全部後々の考え方になるので、結局、結果論で物事を進められます。言葉足らずで申し訳ないのですが、このような状況になってしまった以上結果論で物事を進めるほかないのです。

話が長くなってしまって申し訳ないのですが、上記のような理由で急行の延長はないのかなと思います。まあ先輩である僕が言えるのは勉強しよう!ってことです!特にこの期間勉強をあまりしていなかった人は学力に差がついちゃうよ!ってどっかの進学塾的なセリフで締めさせてもらいます。

ジ・エンド~~~~~