うるせえ黙れの結論

津久井やまゆり園の事件から3年が経った。

この事件について考え始めてから、3年がたったことになる。3年前わたしは就職活動中、社会福祉学部の学生だった。

とにかく悲しかった。
わたしたちが憧れ、志を持っていた福祉の世界で起きた悲しい事件がおこったこと、しかも差別的な優生思想に賛同する声もあったこと。

そしてなにより悲しかったのは、4年間も福祉を勉強したにもかかわらず『心失者は生きる価値がない』と言う植松聖の価値観を完全に否定できない自分がいたことだ。

障がい者に生きる価値がないなんて思っていない。思うわけがない。でも、話をしたり笑いあったり誰かの役に立って『ありがとう』を言ってもらえたり、そういうコミュニケーションが難しい人たちに、わたしはなにができるんだろう?と思ってしまった。植松聖の言うように『見てるだけ』になってしまったらどうしよう、と怖くなった。福祉の世界に飛び込もうとしているくせに、障がいのある方々をサポートする覚悟が自分には本当にあるのかと、絶望的な気持ちになった。

それでもわたしは福祉の世界に飛び込んだ。植松聖を否定することができないまま、心のトゲを溶かすことができないまま、福祉職として3年目を迎えた。

考え続けた。取材された方の記事や手記もできる限り目を通した。
職場で障がい児と出会うたび『わたしはこの子の人生が輝くために、生まれてよかったと思えるために、何ができるんだろう。どうやったら植松聖を完全に否定できるんだろう』と考え続けた。

そして、働き続けるうちにふと気づいた。

医師が障がい児と診断した子とそうでない子に対するわたしの思いは、何も変わらない。

幸せになってほしい。
ただそれだけだ。

早く走る子も、沢山食べる子も、絵の具を触るのが嫌いな子も、水色の折り紙しか使わない子もいる。

その全員がいとおしく、幸せになるための自己肯定感を育てる手伝いをしたいと思っている。
障がいがあってもなくても子育てはイライラするし、それでもやっぱり可愛くて仕方がない。

わたしの子どもたちの命に優劣をつけて選別し、あまつさえ殺すような真似は、絶対に許せない。

3年間考え続けた『心失者には生きる価値がない』という植松聖の思想に対するわたしの意見は『うるせえ黙れ』だ。
同じ土俵に立って議論する必要などなかったのだ。障がいのある命を低く見積もる人に揺らぐ必要は無い。全ての命が等しく尊いというのは、きれいごとではない。

そして忘れてはならないのは、どんな罪を犯しても、どんなに許せなくても、植松聖もまた尊い命であるということ。

福祉の世界にいる人間として、彼がなぜあの事件を起こしたのか、まだまだ考える必要がある。
彼に優生思想を与えたのは社会なのだから。

植松聖に取材を続けている記者の方が、『最近の植松は、自分の犯した罪に気づきつつも、認められず無理やり正当化していると印象がある』と語られていた。

ゆりかごから墓場まで、人生をサポートするのが福祉であるならば、たとえその途中に許されざる重大な間違いがあったとしても、福祉職は支援を続ける義務がある。

社会が植松聖を支持しても憎んでも、
わたしは彼がご遺族に心からの謝罪をすることと、自分の人生と向き合うことを祈る。

そして目の前の福祉と向き合い続け、
くだらない優生思想には『うるせえ黙れ』という強い気持ちで、ただただ働く。雨にも負けず。