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オペラ「蝶々夫人」

【過去の演奏会より】

日時;2024年7月14日(日)14時から
場所:兵庫県立芸術文化センター大ホール 1階F列〇〇番

蝶々さん     迫田美帆
スズキ      林 美智子
B.F.ピンカートン マリオ・ロハス ※当初発表より変更
シャープレス   エドワード・パークス
ゴロー      清原邦仁
ヤマドリ     晴 雅彦
ボンゾ      斉木健詞

合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団

【演目】

オペラ 「蝶々夫人」 全3幕 イタリア語上演

舞台でもDVDなどの動画でも、私の腑に落ちる「蝶々夫人」は少ない。その多くが15才で没落して長崎の芸者として働く蝶々さんが愛を貫く悲劇には見えないから、が一番の理由かもしれない。いくら声や演奏や舞台装置がすばらしくても、私には違和感が拭いきれなかった。

演出家栗山昌良(先生)の素晴らしさは充分に認知されており、あえて20年以上前の演出を佐渡さんのオペラでなぞるのは少し勿体無い気もしていた。配布されたプログラムにも書いてあったが、このオペラにもさまざまな演出や解釈があり、どれもが見るもの全部の聴衆の腑には落ちないのだと思う。それほど蝶々夫人の演出は難しいと感じる。でもせっかく西宮で再上演するなら、他の手法もありだと思っていた。

今回は佐渡さんのオペラがこの名作をどのように料理するのか、特に今回初めて声を聴く迫田美帆さんのA公演を観に行った。

舞台は日本家屋と満開の桜木を中心にした回り舞台である。回すことによって中庭、座敷を両方見せるスッキリとした美しい日本の春の舞台だった。

舞台の動きや時間の経過とともに外景やライティングが変化する様子が見て取れた。ストーリーや音楽に合わせて変化する舞台は見応えがあった。特にハミングコーラスの回り舞台は、会場の雰囲気が魂を抜かれたかのようだった。歌手たちの着物を着た動きや演技もきれいで見事だった。合唱団は一体感のある衣装と演技で、舞台をさらに際立たせた。声は出さないが、助演役も的確な演技で舞台を引き締めた。そしてどの衣装も役にあっていてとても素晴らしかった。どの瞬間も美しい、栗山先生の芸術だった。

少し違和感があったのは、第3幕で子どもが「ママ!」と叫んだところ。イタリア語上演だから「マンマ!」ではないだろうか?一瞬現実に戻された。また、靴で座敷に上がっているところも、日本人としては違和感があった。

蝶々さん役の迫田美帆さんは、世界中を探しても彼女以上の当たり役はいないと思われるほどの容姿、演技力、そして歌唱力だった。ほとんど最後まで歌い続けるこの役、この大役を最後の方の盛り上がりまで何の無理もなく、伸びのある高声から出しにくいとされる低声まで難なく歌い続け、演じ続けた。特に第1幕は蝶が舞っているよう、第2・3幕は着物に合わせた動きと演じ分けていた。アリアもアンサンブルもまさに「語るよう」な歌いぶりだった。カーテンコールは会場が明るくなっても拍手が鳴り止まなかった。スタンディングオベーションも多数見られ、最高の拍手喝采だった。歌詞にもあったように聴衆がまるで「蝶がピンで刺されたよう」に陶酔した。チケットがあればまた見たいと思った。誰でも歌える役じゃないのに完璧。本当に素晴らしかった。

スズキの林美智子さん、この脇役がいて主役が主役でいられるのだと思った。会場に広がる力のある声と、侍女としての細やかな演技が光った。蝶々さんとの「花の二重唱」は見どころ、聴きどころとして心に残った。第3幕での活躍も印象的だった。

ピンカートンのマリオ・ロハスさんは役らしい声で、見事な美声だった。難しい高声を余裕で歌いきった。アリアも素晴らしく、蝶々さんとの「愛の二重唱」のハイCは心を打ち抜かれた。背が高くは見えなかったが、お辞儀のぎこちなさが逆に納得いった。

シャーブレスのエドワード・パークスさんは存在感のある演技と美声だった。第3幕の三重唱「彼女の苦しみは」ではアンサンブルを支える低声が際立っていた。ゴローの清原邦仁さんは細かいところまで演技が光った。好きな演技だった。声もよく伸びるピッタリの役だった。ヤマドリの晴雅彦さん、ボンゾの斉木健詞さんも演技と声の両方が想像を上回った。いい脇役がいるから主役が生きる、そう思った。

そして、決して単純ではないこのオペラのオーケストラと歌手たち両方を操る佐渡裕さんのさばきは見事だった。その棒はダイナミックで繊細で、美しい旋律をより美しく歌わせるものだった。メンバーが固定されないオケだが、今回はとてもいい仕上がりだった。終演後ロビーに佐渡さんが現れた時には拍手が沸き起こった。

この迫田美帆さんのチームは特に音楽の”ため”が見事で、これは他の歌手たちや佐渡さんにも言えることだと思う。音楽の隙間があり、それが生きていた。次から次への生産消費的な音楽作りとは無縁の深い味わいがあるように感じた。(昨年好演した高野百合絵さんのチームも観てみたいと思った)

しかしなんといっても今日の主役は作曲家のG.プッチーニであるといっても過言ではない。日本のメロディを多数織り込みながら、巧みなオーケストレーションと場面展開はあまりにも美しく感動的で、それは聴衆だけでなく舞台側でも感じているだろうと想像する。人の心を揺さぶる、泣かせるオペラである。これからも人類の宝として上演し続けられるだろうと思う。


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