story 泥棒
男はさも当然のように
私が持っていたハサミを奪った
私がそれに気づくと…
なんだよ
俺にはこの後大事な仕事があるんだ
ハサミのひとつくらい良いだろ
そう言った
私は慌てて奪い返すと
続けて男の手を取り
改めてハサミを握らせた
握らせて
その手をさらに強く握った
ハサミはまた買えます
でもあなたの人生は一度きりです
奪われたんじゃなく
くれてやったのだ
それは
悔し紛れだったかもしれない
けれど
平然としている男が許せなかったし
黙っている自分も許せなかった
なにより
それをそのままにするわけには
いかなかった
男は何も言わない
私の夢は
そこで覚めた
ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。