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story 渡り

そろそろだな

あぁ…
行かんのか


向こうを立つ時
決めて来た

そうか…

しけた顔するなよ
分かっていたことじゃないか
いずれお前にもその時が来る
若い連中を頼んだぜ

勝手に決めるな…

あいつらはまだまだ経験が足りない
よく教えてやれ


群れから離れた二羽が
何かを確かめ合うように
水面にシルエットを浮かべている

お前と飛べて良かった…

あぁ…

狐なんぞに喰われるなよ

そこまで老いぼれちゃいねぇよ
爺さんたちの面倒みながら
お前らが戻って来るのを
待っててやるよ

さぁ、行け
あいつらが待っている
旅立ちには絶好の日だ

沼の上で一羽が
意を決したように翼を広げると
それに続けて一群が次々と声をあげ
羽ばたき始めた


また会おう兄弟


残った鳥たちは
沼の端に静かに身を寄せると
まるで仲間を見送るように
高い空を見上げていた


ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。