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story 月夜のうさぎ

森の中に
ある一匹のうさぎがいました

大変なこわがりで
いつも静かな月夜の晩だけ
こっそりと巣から出て
森の中を歩くのでした

今夜も…

日が沈んで
東の空に月が
昇り始めた頃

うさぎはそっと
外へ出ました

月の光は
白くやさしく森を照らし
樹々の影を作りました

日中は風に揺れて
そよそよと音を鳴らして
揺れていた草木も
まるで寝静まったように
静かでした

静寂の中に浮かび上がった
森の景色を見つめていると
うさぎは自分の中から
もう一匹の別な自分が
話しているのが聞こえて
きました

私は何をそんなに
こわがっているんだろう
夜ならこんなに静かで
平気なのに

日中は他の生き物たちが
たくさんいて
私はそれだけで慌ててしまう

どこにいたらいいのか
どうしたらいいのか
まるでわからない

夜はいいなぁ
こんなに穏やかで
いられるんだから

うさぎがその声に
耳を澄ませていると
どこからかまた別の声が
聞こえてきました

月の光は優しくて
見えるものも
見えないものも
闇の中に映し出す
だけどもそれは
誰も知らない
隠れているのと
同じなの…

うさぎがふと空を見上げると
森を静かに照らしている月が
夜の帷を背中に歌っていました

この声は
お月さまの歌う声だったのね…

うさぎはお月さまが歌うのを
追いかけるように口ずさみました

月の影は優しくて
見えるものも
見えないものも
闇の中に映し出す
だけどもそれは
誰も知らない
隠れているのと
同じなの…

お月さまは
夜空をまるで舞台のように
伸びやかに清らかに
歌い続けます

あなたが私を
おそれていても
私は私であるだけなのよ

私があなたを
おそれていても
あなたはあなたであるだけなのね

もしも全てをおそれているなら
瞳を閉じて見つけてごらん
暗い闇夜に安らいだ
白いしじまの夜のことを
誰も知らない
隠れ場を…

うさぎははたと気がつきました
それから目を閉じると
闇の中にほんのりと浮かんできた
静寂という時の中に
身を置きました

ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。