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秘める思いの 言葉の束を 天国に


#あの失敗があったから

「米一合でも炊いておけば、元気が出るんだ。そういうもんだ。」

炊き立てのホッカホッカのごはんを
しょっぱい漬物と一緒に頬張る。
家事に追われている私にとって
至福のひと時だ。

自ら、研いで、炊いたご飯。
作る料理全てに、心をこめている。

茶碗に盛った、ご飯を噛みしめながら、
ふと、祖母とのやりとりを思い出す。

初めて、一人暮らしを始めたあの日。
引っ越し荷物の中に、持たせられたもの。

それは、「3合炊きの炊飯器」だ。
一合だけでもお米を炊いておけば、
違うんだと祖母は言った。

私は、言うことを聞かなかった。
「米を炊いたからって、無駄になるだけだ」
そう、思っていた。

コンビニのお弁当を買えば、ガスや水だって使わない。
たくさんのおかずや、ご飯だって、ついているじゃないか。
・・・それに安いし。

不器用な私が出来ないことに挑戦して、
失敗して後悔するくらいなら、
始めから、できているものを買った方がマシだ。

「あの、炊飯器使っでるが?きちんとご飯炊いてるか?」
「うん。」
様子を心配して電話ごしに聞いてくる祖母に
一言、そう答えた。

本当は台所の片隅に布をかぶせて放置されていた。

祖母は厳しい人だった。。
でも、まっすぐな人だった。
昔かたぎの人間で、朝5時に起きるのは当たり前。
家族全員の朝食は、みんなが目の覚めるころには、
すぐに食べられるようになっていた。
夜は何故か家族全員が寝静まるまで起きていた。
とにかく、何一つとして手を抜かない性格だった。
食事は殆ど手作りで、コンビニのおにぎりをこっそり買って
食べていた時には、酷く怒られた。

「どんなにうめえ料理でも、旬のものには勝でねんだ。」
作る料理は何でも美味しいのに、
まるでそれに勝てないことを悔しがるように、
いつも口癖のように言っていた。

「ごめんな、ばあちゃん。馬鹿な孫で。」

『米一合でも炊いておけば、元気が出るんだ。そういうもんだ。』

言葉の意味を、私は、一ミリも理解していなかったんだ。
家族への心をこめて炊いたごはん、作ったおかず、
それには、誰も叶わないこと。

ごはん一合、
自分の為に、心をこめて炊くのなら、
それは、
めげそうな自分を奮い立たせる力になっていくこと。

「きちんとご飯炊いてるか?」
「うん」
初めての一人暮らし、
本当はお米の研ぎ方ひとつ、わかってはいなかった。

出来ない自分を見せたくなくて、嘘をついた。

その嘘が私にとっての、「失敗」だ。

本当はね、あの炊飯器、
使わなかったんだよ。
使えなかったんだよ。

嘘つきで、ごめんな。
言葉はもう、届けることは出来ないけれど。

あの「失敗」があったから、
ばあちゃん、
あんたの言葉は深く残り、
忘れられない言葉になったんだ。

時々、洒落た洋風料理も作ろうとして
失敗もするけれど。
ご飯はきちんと炊けるようになったし、
料理も手作りするようになったよ。

手付きはまだまだ不器用だけど、
そっと見守っていてほしい。

「ごめんな」と「ありがとう」をこめた、
この言葉の束に花を添えて、
空の向こう側まで届いてくれれば、
良いのにな。

心を込めてホッカホッカに炊いたご飯の
おにぎりと一緒にね。















最後まで、読んでいただき、ありがとうございます。言葉たちが、一歩すすむきっかけになってくだされば、幸いです✨