解離性同一性障害の自伝が読めません

私は幼い頃はよく小説を読んでいました。
しかし大人になるにつれて病状が悪化して、集中力が低下し、読了することができなくなってきたので、小説などの読み物はほとんどしなくなりました。
最近、ダディが勉強のために解離性同一性障害を患っている人の自伝(?)を購入しました。
私は今まで、自分が解離性同一性障害を持っているのに、あまり解離性同一性障害の本を読むことがありませんでした。

ところで、解離性障害には色々あります。

  • 解離性健忘

  • 解離性遁走

  • 解離性昏迷

  • 離人症

  • 解離性同一性障害

など様々です。
私はその中の「解離性健忘」と「解離性同一性障害」を患っているのですが、それはよくあることなのか、私には分かりません。
もちろん、病名が同じでも、症状が同じとは限らないということは分かっています。それは解離性障害に限ったことではなく、多くの疾患において当てはまることだと考えています。
ですが、やはり怖いのです。一般的に扱っている症例から離れた病態を先生に伝えていたらいつの日か、解離性障害としてみて貰えなくなるんじゃないか、不安なのです。
そのためにはある程度知識を入れておく必要があるのでは?と思いますよね。
そんなことはないんです。知識を入れて、解離性障害と診てもらうために嘘をつく必要がありますよね。それは嫌なんです。
自分の病状を伝えて、それが病気として認められなければ、本当に疾患とは言えません。
ですから怖いのは、正式に解離性同一性障害の診断を受けている人と自分の差を認めて怯えて生きることなのです。
他の人の状態を不必要に理想化するのは危険です。
確かにその人は診断を受けてはいるのでしょうが、医師との相性もありますし、どうやって診察しているのかにもよるのです。

自伝を読むということ、そして解離性同一性障害の方の自伝を読むこと。
ここに差を感じることは差別ではなく、ある意味では自衛なのかもしれません。

終わりに

今回、解離性同一性障害の自分が、なぜ解離性同一性障害を持つ方の自伝を読めないのか分析をしてきました。
正直、しっかり解析しきれたとは思っていませんが、私が何を恐れていたのか具体的に分かってきたらまた書きたいと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。