義母が大木凡人 vol.3
僕と嫁は2年間付き合って、半年間同棲し、籍を入れて子供が出来た。
籍を入れるまで、義母である凡人と会ったのは計3回。
1回目 : 付き合ってますのご挨拶
2回目 : 同棲先に遊びに来る
3回目 : 両家の挨拶
この3回とも、その当時は気づかなかったが、凡人らしいエピソードがあるのだが、今回は2回目の同棲先に遊びに来たときのお話。
僕らは恵比寿で同棲していた。
その恵比寿の家には当時、僕と嫁とワンコ2匹と暮らしていて、凡人がGWに長期休暇が取れたということでその家に遊びに来て4泊していった。
せっかくだから東京っぽいところを案内しよう、と1日目は銀座シックスに行き築地でお寿司を食べて、2日目に六本木でハンバーガーを食べたり美術館、東京タワーに行き、3日目に凡人に場所のリクエストをしたところ、「懐石が食べたい!」というので遠慮ねえな!と思いながら神楽坂に向かった。
神楽坂の日本情緒あふれる町並みを散策し、ただ神楽坂というだけあって、あの辺りは坂が多く、普段から怠惰な生活をしている凡人にとっては苦行そのもの。汗だくのドロドロで街を練り歩き、なんだかコチラが申し訳ない気持ちになるほどヘタっていた。
日が落ちかけてきて街が夕暮れで染められた頃、少し暑さも収まってきたがまだまだ汗だくの凡人。「ぜぇぜぇ、もう歩けまてーん」とカワイコぶりっ子して膝に片方の手をつき、もう片方の手を胸に当てて息を整えていた。
さっきの休憩から20分も経ってないけど凡人も限界っぽいしそろそろ夕飯の予約をしなきゃ、と一瞬携帯に目を落とした瞬間、「ぅうああーーーーー!」という叫び声とともに僕の横を汗だくのボンドがダッシュで駆け抜けた。
一瞬のことで状況を飲み込めず、僕らが唖然と凡人の後ろ姿を眺めていると凡人は一台のタクシーに到着し、今まさにドアが閉まろうとしているタクシーの後部ドアをガッシリ掴んで、タクシーの中に乗り込まんとする勢いで大きな体をゆさゆさしている。
僕らが慌てて凡人に追いつくと、どうもタクシーにお客さんとして乗車した人にしきりに握手を求めながら「ファンですぅ!ファンなんですぅ!」と凡人が発狂しながらタクシーごと揺すっていた。
ようやく事情が飲み込めて、どうやらタクシーに乗り込む芸能人を凡人が見かけ、凡人は逃してなるものかとダッシュでたどり着きタクシーを発信させないよう後部ドアに体をねじ込ませ、何とか握手にこぎつけたようだ。
この騒ぎでわらわらと注目する人も出て、まずいと思った僕らも慌ててタクシーに向かった。
「お、お義母さん、そろそろ・・」と凡人をタクシーから剥がし、乗っている芸能人に一言「すみませんでした!」と謝罪し、タクシーを見送った。
芸能人を乗せたタクシーを見送った後、肩で息をし蒸気立つ凡人を呆然と眺めながら、僕が謝罪した時にちらっと拝見したさっきの人は一体誰・・?と考えていた。
あとで判明したのだが、どうやらなんでも鑑定団に出ている鑑定士のおじさんで、ファンですぅ!とか言いながら凡人もぱっと名前が出てこない様だった。
当時、中国地方に住んでいた凡人としては、テレビに映っている人が目先にいたことでテンションが上りタクシーを止めてまで握手を求めたようだったが、僕らとしては凡人のあの勢いからしてもっと大物を想像してしまったので鑑定士のおじさんには申し訳ないが、疲れの方がどっと来た。
この当時はまだ、お義母さんって女の子みたいで可愛らしくて面白いと思っていた僕は、その後に懐石のお店を食べログで決める際、凡人にどういうのが良いか意見を求めたら「高いお店から順番に電話すればいいんじゃない」という返事にも遠慮ねえな!と思うに留まっていた。