2_6_結合の向き

「molと聞いて頭痛を起こす人たちのための化学+」シリーズ-6
【結合の向き】
 前回、原子と原子の間の繋がり方の説明をしました。今回もその続きではありますが、レベルが違います。今回は分子の形にも影響する結合の向きについて説明します。
 皆さんは学校などで棒と球体でできた模型を見たことがあるのではないでしょうか。球体から棒が伸びて他の球体に差し込まれている分子の形を模したモデルです。今回はそのモデルを思い出せればそこそこ簡単です。基本的なことは前回の構造式で説明しました。今回はそのモデルの棒が伸びる方向は元素によって決まっていると言うお話です。更に言うなら方向は電子の軌道によって決まります。ただし、話を簡単にするために軽い元素まで、具体的には2p軌道までを使います。


1-1.s軌道の場合
 先ずはs軌道から行きましょう。Hのように最外殻電子がs軌道に1個だけの場合は非常に単純です。s軌道はどの方向にも結合します。最外殻に他の電子が入っていないということですから方向を考える必要がありません。
 原子が結合すると電子は安定(エネルギー順位を低くする)します。この時の軌道を結合性軌道(binding orbital)と言います。s軌道の場合は以下の図のようになります。逆に結合を邪魔するエネルギー準位を持つ軌道として反結合性軌道(antibinding orbital)がありますが、以降全く使わないので省略します。

図.1-1 H2(水素分子)の場合のエネルギー準位

 この原子だけの状態でのエネルギー準位と結合している状態のエネルギー準位の差が結合の際に放出されるエネルギーです。逆に言えばこのエネルギーを与えれば結合が切れます。結合を切るためのエネルギーに関してはまた別の機会に説明します。


1-2.p軌道の場合
 p軌道に電子が入っていて他の原子と結合する場合は混成軌道(hybrid orbital)というs軌道とp軌道が混ざった軌道が出てきます。ここはC(炭素)を用いて説明します。(と言うより今回の影の主役はCです。)


1-2-1.sp3混成軌道
 先ずは小学生向けの化学の本で割とよく聞く「炭素の手は4本」と言って4つの単結合を持つ場合です。
 C原子は2s軌道に2個、2p軌道に2個の電子を持っています。C原子が4つの単結合を持つ場合、この2s軌道の2個の電子と2個の2p軌道の電子と同じエネルギー準位を持ちます。この軌道をsp3混成軌道と言います。sp3混成軌道は2s軌道より高く2p軌道より低いエネルギー準位を持ちますが、全体を見るとより低いエネルギー準位を持つので安定しています。

図.1-2-1 C原子のsp3混成軌道

 sp3混成軌道をとる代表的な分子としてメタン(CH4)がありますが、メタンのC-Hの結合同士の角度は109.5度で丁度テトラポッドの様な形をしています。ここから先は応用ですが、このメタンからCを1個増やした様な形をしたエタン(CH3-CH3)は三脚付きの三方向に洗濯物を干せるスタンドの様な形をしていると考えることができます。この時のC-Cの結合は固定されたものではなく、回転ができます。詳細は別の機会に説明します。
 このsp3混成軌道によって作られる形は分子の形の話をする際に何度も出てくるのでテトラポッドの様な形をよく覚えておいてください。


1-2-2.sp2混成軌道
 この軌道はCが二重結合を持つ時によく出てきます。減量や糖尿病の話が出た時に聞くことがあるケトン体のケトンとはC=Oの二重結合を持つ炭化水素(炭素と水素を主体とした分子のこと)のことです。脂肪酸のシス型・トランス型もC=Cの二重結合をもっています。
 sp2混成軌道では2p軌道の電子が1個だけ元のエネルギー準位のままで、もう1個の電子と2s軌道の2個の電子が同じエネルギー準位を持ちます。二重結合には2p軌道とsp2混成軌道の内1個の電子が使われます。
 先程のsp3混成軌道のエネルギーより不安定なので結合が切れ易くなっています。例えば青魚に含まれる脂肪酸にはC=Cの二重結合があり、この二重結合が切れて酸化され易くなっています。古い青魚の臭いにはこの二重結合が切れて酸化された脂肪酸の臭いが含まれています。

図.1-2-2 C原子のsp2混成軌道

 さて、sp3混成軌道の説明の時と同様に簡単な形をした代表例としてエチレン(CH2=CH2)を挙げます。エチレンの結合の角度は120度で平面で三角形を作ります。二重結合の部分はsp3混成軌道の単結合と異なり回転はできません。回転できないからこそ結合の方向で分類されるシス型とトランス型の性質の違いが現れます。これもまた詳細は別の機会に説明します。


1-2-3.sp混成軌道
 最後のsp混成軌道は今後出番がほとんどないので簡単に行きます。理由は私が三重結合或いは連続した二重結合の説明をする機会がないからです。
 sp混成軌道は2p軌道の2個の電子がそのままで、2s軌道の2個の電子がsp混成軌道をとります。従って先の二つの混成軌道より不安定です。
 C≡Nなどの三重結合を持つ場合は2p軌道の2個の電子とsp混成軌道の1個の電子が使われます。一方でC=C=Cと言った連続した二重結合の場合は2pとsp混成軌道からそれぞれ1個ずつが片方の原子、残った1個ずつが他方の原子との結合に使われます。


図.1-2-3 C原子のsp混成軌道

 代表例はアセチレン(CH≡CH)で、結合の角度は180度です。


2.NとOのsp3混成軌道
 C以外の原子としてN(窒素)とO(酸素)のsp3混成軌道を挙げておきます。

図.2 N原子とO原子のsp3混成軌道

 結合の角度を考える時は非共有電子対を単結合に置き換えます。ただし、非共有電子対は他の結合と電子が存在する空間が違うので全く同じではありません。本稿は分子の形を理解するために必要な結合の大まかな方向を知るためのものなので「だいたい同じくらい」と言った認識で構いません。同様の理由でN2の三重結合やO2の二重結合のエネルギー順位も扱いません。


3.補足と蛇足
 最後に、少しだけ言い訳をしておきます。前回の「~結合」から今回の結合の方向に関しては厳しい先生方は「そんなものはない」とか「いい加減」と言った発言をされることがあります。確かに量子力学に力を入れてきた方々からすれば幼稚極まりない話に見えるのだろうとは思います。しかし、人類は最初からその領域に至ったのではありません。試行錯誤の途中に比較的妥当なモデルを見つけてきて、それがナントカ結合だったり方向しか扱わない混成軌道だったわけです。分かる所から少しずつで良いのではなかろうかと思います。今後説明する分子の形や分子を作るエネルギーについての話に興味を持って更に知りたい場合にそちらの世界へ飛び込めばよいでしょう。

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