夜街劇場サイド②

ここ葵劇場の専属の五十鈴は一番の売れっ子で楽日の今日は、ほぼ彼女の客で占めていた。
緊張した面持ちの先ほどの客も先日初めて友人に連れられてきて、五十鈴の魅力に取り憑かれたようだ。
十日間の興行のうちの2回目、一人で観にくるとはさすが看板女優の力だと女支配人は思う。しかも今日は問いに答え、私は正の字を一本引いた。
この正の字にこもる熱に私は胸が熱くなる。
「それではトリの五十鈴嬢の出番です。盛大な拍手でお迎えください」
受付からぼんやり投光室の声が聞こえる。
パチパチと一丸となって、それでいて掌の厚みやサイズの違う音が盛大になり響く。
「ああ、これが求めていた音だ」
その音に女支配人は満足そうにぽつりと呟いた。

(私はこの時間が好きだ。
水面に立ち、ふわふわとして地に根をはることもなくそれでいてばしゃばしゃともがく訳でもなく、グラグラすることもなく、アメンボのように不思議な表面張力で浮いている。そんな風に感じるこの時間が好きだ。)
五十鈴はそんな風に思いながら、体を自在に操る。
彼女のダンスからは情熱的でエキゾチックな風が吹き、彼女のベッドは知性が滲んだ。
先ほどの客はポロポロと涙をこぼし、拭くことも惜しいかのように五十鈴を見つめている。
それに応えるように五十鈴は視線を返し、五指を舞わせる。
その体には、赤、青の混じった光があたり、それを白いスポットライトがかき混ぜていた。
その色は夕暮れの群青を思わせる。
誰しもが郷愁を感じ禁じ得ないあの色だ。
朱が藍色とが混ざるその境の色。

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