妊娠中期(5~7ヶ月)

1.妊娠5ヶ月・単一臍帯動脈の指摘

 それは切迫流産の危機を脱し、復職して数日後の妊婦健診のことだった。5日前の健診で中期胎児スクリーニング検査を勧められてエコーを行っていた。その時初めて性別が女の子と分かり、ホクホクした気持ちでいた矢先の出来事。
 思えば、そのエコーも少しおかしかった。
 「ここが胃」「ここが足」「これが心臓。4つに部屋が分かれている」と説明した後、技師さんは何度も心臓の血流(赤色と青色が入り乱れる映像)を見ていた。最終的に「見えにくい部分があったから、また次回」と言った。

 でも、私は素直に「見えにくかっただけなんだ」と納得して気に留めなかった。医師が「次回もエコーをする」と言ったことも気にしなかった。
 その後、何度も胎児エコーをされた今なら分かる。「見えにくい部分があった」というのは異常があるように見えるから次回再検、という意味に近い。
 勿論、100%ではないだろうが、その後違う病院2院でも同じ展開が幾度となくあったので、確率としては高いと思う。

 その日、医師は「単一臍帯動脈がある」と言った。普通、へその緒の動脈は2本、静脈は1本あるらしい。しかし、娘は動脈が1本しかないのだと。医師は「もしかしたらもう1本が見えないだけかもしれない。もし本当に1本でも、問題は無いことの方が多い」「ただ、今後大きくなってから詳しく診ていく」と。
 初めて訊く名前に驚いてネットで調べたら、此の単一臍帯動脈になる確率は1%、うち70%は異常なし、30%は心疾患など病気や障害を持って生まれてくると書いてあって大泣きしながら夫と母に電話した。
 夫も母も、「気にするな」「お腹の赤ちゃんに悪い」「医師に何か言われた訳ではないのだから」と慰めてくれた。確かにその通りで、不安な気持を無理矢理押し込めた。「70%大丈夫なら、きっと大丈夫」と言い聞かせた。

2.確率の無意味さ

 切迫流産は16%の確率、単一臍帯動脈は1%で起こる。単一臍帯動脈で心疾患などの病気や障害がある確率は30%。娘の病気は1万人に1人の病気と、5万人に1人の病気だから、0.01%と0.002%。
 確率や有意差(統計的に意味がある差)は、こと自分の子どものことに対してはほとんど意味がないことを痛感した。50%より高いならなる、低いならならない、とかそんなことではない。0%でない以上、なるかならないかの2択でしかない。

3.妊娠6ヶ月 染色体異常の可能性

 ややこしいのだが、私は職場・実家と自宅の距離がかなり遠い。自宅近くの病院に臨月まで通い、職場・実家近くの病院で里帰り出産をする予定だった。
 切迫流産で入院・単一臍帯動脈の指摘を受けたのは実家近くの病院。安静指示が解除され、実家近くの病院は、自宅近くの病院へ紹介状を書いてくれた。(ちなみに、切迫流産前日に自宅近くの病院は定期健診で行っていた。このときは何の異常もなかった)

 自宅近くの病院に、初めて夫と受診した。医師はかなり綿密にエコーを見ていた。嫌な予感がした。勿論、切迫流産や単一臍帯動脈のことがあるから丁寧に見たのだろうが、「心血管が見えにくい所があるから、また次回」と、既知感があるセリフを宣ったのだ。

 単一臍帯動脈、心疾患をネット検索しまくった。異常がある30%に該当した気しかしなかった。
 子どもの心疾患はかなり種類があって、軽い病気から重い病気まで多数。不安が増す一方だったが、もし心疾患があっても元気に生まれると言う根拠のない自信もあった。

 2週間後の健診。またも長いエコー。赤と青色が何度も画面上で点滅している。医師は小声でぶつぶつと「~ファロー」「トリソミー」「欠損」「こうがいれつはない」とか不穏なことを言っていた。言うなら早く言えという思うくらい長かった。

 決定打がどう切り出されたのか、もはや覚えていない。
「頭が小さい。心臓に穴が開いている。あと心血管の異常があります。あと、指が重なって屈曲しているように見える。口蓋裂はないけど。うちではもう見れないから、●●病院に紹介状を書くから転院してください。
 多分、A病院(入院していた実家近くの病院)もみれないでしょう」
 夫と共に呆然とする中、医師は淡々と転院の方法について説明してくる。「大丈夫ですか?」
 医師にそう言われて、私はようやく口を開いた。
「現時点で考えられる病名はなんですか?」
「トリソミー(染色体異常)です」

 単一臍帯動脈について調べたときに出てきた名前だった。私は医療従事者ではないが、専門職で若干片足突っ込んでいる身ではある。ただ、トリソミーに関する知識はそこまでなかった。人体を構成する2対46本の設計図が染色体。この多少があると着床しない、しても流産するが、13、18、21番目の染色体が多い(トリソミー)は出産に至ることがある。

 医者が言った状況から調べるに、13か18トリソミーの可能性が高いように思えた。私のように21週で染色体異常を指摘される人は少なくて、大抵は出生前診断で引っかかる18週頃か、25週~35週くらいで言われる人が多いみたい。大抵、転院先で羊水検査を勧められて、結果次第で胎児にリスクがある自然分娩か、母胎にリスクのある帝王切開かを決めるらしい。
 
 この日から転院までの5日間が妊娠中一番つらかった。転院先からの確認電話で「ひとりではなく、ご主人か両親どちらかと一緒に来てください」と言われて、電話を切った後に声をあげて泣いた。夫も私もずっと泣いていた。この時期すでに胎動があって、泣いていると慰めるように腹がぽこぽこ動いていた。
 何より、13、18トリソミーは死産の確率も高く、生まれても90%が1歳までに死ぬと書いてあって、もう自棄だった。どうせ死ぬならお腹の中で育てる意味あるの。ずっと控えていた自転車に乗ったり、生ものを食べたりした。(※関係無いと思いますが)
「ずっと気を付けてきてたのに、なんでそんなことするの」と、夫に泣かれた。

4.妊娠6ヶ月 羊水検査をするか?

 転院先の総合病院の初診。30分かけてエコーをされた。多分、紹介状に18トリソミーの可能性が書いてあったのだろう。2人の医者が小声で「18?」と何度も言っていた。だけどエコーの後、医者は
「小脳は異常が無い(※18トリソミーの場合、脳梁低形成の症状があるそう)、口蓋裂もないから18トリソミーではなさそう」と言った。
 あと、前院で言われた手のこと。18トリソミーの場合、手をパーに出来ないらしい。だから夫と2人でエコー中ずっと「パーを出しんちゃい」って祈っていた。そしたら画面で、赤ちゃんが手を1回だけグーパーしていた! 涙が出た。
 只、心血管異常は確定で、後日小児科で専門医にエコーをみてもらうことになった。羊水検査も、してもしなくても良い。すぐ決めなくても良いと言われて拍子抜けした。結局、小児科で見てもらった後に決めることにした。

5.羊水検査

 結論から言うと、私たちは羊水検査をしなかった。流産のリスクがあるし、何よりもし確定してしまうと純粋に赤ちゃんを応援できなくなってしまうと思った。医師が「検査した方が良い」と言えば従ったかもしれないが、産科も小児科も「どっちでもよい」「産後の治療方針には影響しない」と言ったことも後押しになった。ちなみに「検査だけして結果は私たちに教えないってことはできますか?」と訊いてみたが流石に却下された。

 私たちは検査しなくて正解だったと今も思う。もしトリソミーが確定したら絶対にストレスがかかって赤ちゃんの発育に悪影響を及ぼしていただろう。事実、転院前後の5日間で赤ちゃんの体重が25gしか増えてなかった。(その後は2週間で+200gペースになったので少なすぎる)
 こうして心疾患の異常はあると知りながらも、生まれてみないと分からないから、と前向きな気持ちで日々を過ごした。