恥を知る。91.『東京帰りの昼』

時間が経つのが異様にはやい。

とくに今月は前半に予定を詰め込んだせいもあって、あれよあれよと言う間に気づけば3月も半ばにさしかかり、実家の庭の桜は満開になっていた。

なんだか置いてけぼりをくらっている、というよりは、しっかりと流れの中で踊らされているような感覚だ。どうやったって我々は、時間の流れにも、季節の変化にも、逆らうことはできない。寒ければ厚着をしなくてはならないし、桜が咲けば花見がしたくてあの人に連絡をしてしまう。今年はなんだかその無力感を楽しんでいるような、そんな雰囲気がある。

いい意味でいろんなことが流れるようにすすんでゆく。決して何も感じない訳ではないけれど、それはそういうものなんだ、と受け入れる器も、受け流す技も、全てが整っている。こんな春は初めてだ。

ただそんな流れの中でも、どうしたって少しだけ立ち止まり振り返って、悔やんだり恥じたりする瞬間がある。実は先週お話しした90.『東京の朝』には続きがある。

自らの失態により、楽しみにしていた朝食バイキングを堪能できなかった私はかなり落ち込んでいた。ここ最近でいちばん落ち込んでいた。しかしせっかくの東京。こんなことで立ち止まっている場合ではなかった。私は手際良くシャワーを浴び、お化粧をして、部屋を出た。手には24時間乗り放題の地下鉄のチケットを握っていた。

乗り換えはバッチリだった。前日のうちにしっかりと調べておいたのだ。私は明治神宮前で下車し、原宿へと向かった。

詳しいことは割愛するが、何を隠そう、私が東京でライブをしたその日は、推しグループのデビュー3周年の記念日であった。私は内心、そんな大切な日に東京にいられることに舞い上がりまくっていた。私が住む広島では、デビュー日を祝うようなイベントはなかなか行われない。しかし、ここは東京。ちょっと調べただけでもわんさか店がヒットする。

しかし帰りの新幹線の時間もある(し、私はすでに寝坊している)。調べに調べて、ギリギリ間に合う距離のお店に向かい、無事にイベントを楽しみ(1人でニヤニヤしながら店内の写真を撮るなどした)、私はまたしても広島人とは思えない華麗な乗り換えを成功させて、広島ゆきの新幹線へと乗り込んだ。

私は正直、あまりの達成感で朝食バイキングのショックなど忘れていた。原宿で購入したドリンクや、日々持ち歩いている推しのグッズをいそいそと取り出し、折りたたみテーブルを開いて並べた。

『3周年おめでとう…』

精一杯の愛を込めて、心の中でそう呟きながらアイフォンで写真を撮ろうとしたそのときだった。

『これ…落ちましたよ…!』

後ろの席から若い男性の声がした。

『ヒッ…!!!!!!』
私は突然のできごとに息を呑むしかできなかった。
『アッ、ァァァア!すみません!ありがとうございます!!!!!!!』

相手の顔もろくに見ることができないまま受け取ったのは推しのグッズを入れていたポーチだった。目の前には原宿で買った原色の飲み物と美しい顔の男たち…。

はッ!ハッ!!
恥ずかしい……ッッッッ!!!

私はほぼほぼ連写でとにかくこの状況をカメラにおさめ、二度とポーチを落とすことのないよう慎重に、しかし早急に、グッズをしまった。

そして、きっともう当分飲むことはないであろう原色の甘ったるいピーチソーダを飲みながら、今回の東京遠征のことは一生忘れないだろうな、と思った。

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