僕たちはいずれ死ぬのだから、今日も書こうと思う。

去年の春、就職を機に上京しました。
とあるベンチャー企業の営業マンとして日々企画を考え提案を繰り返しています。

今週は木曜が祝日だったので、有給も合わせて大阪の実家に帰りました。

両親は離婚しているので僕は父親の家に泊まりながら3日間を過ごし、東京に戻る直前に母方の家に寄りました。
母は実家に戻っているので、そこには祖父母もいます。

母方の祖父母は「じー」と「ばー」と呼んでいますが、そのじーが昨年の癌の手術以来元気がありません。
手術自体は無事に終わったらしかったのですが、発見が遅かったことや年齢と体力的な問題もあって、以前ほどの元気がないのです。

帰るたびに顔を出していたのですが、今回は実家にいる兄に「最後かも知らんから会っとけよ」と言われました。
嫌な予感はしつつも、いつもと変わらない態度で家に向かいました。

家に入った瞬間、異変を感じました。
そう、匂いが違いました。

少し腐敗したかのような、言葉にしづらい匂いでした。
「もしかしてもう寝たきりの状態なのか」と不安になりながらリビングに向かうと、良かった、いつも通りの位置に座っていました。

でも、その姿は以前と比べ物にならないほど痩せていました。

なるべく慌てないようにしながら、僕はじーとばーと話をしました。
仕事が大変だとか、ちゃんとご飯は食べているとか、今年こそ阪神は優勝するとか(じーは阪神が優勝するまでは死ねないと常々言っています)、そんな風にして過ごしました。
じーはことあるごとに「もうあかんわ」と言うので「そんなことない」と言って髪のほとんどない頭をペチペチと叩きました。
頭をペチペチ叩くのは、僕が物心ついた頃からじーに対しての愛情表現なのです。

新幹線の時間もあったので滞在したのは15分ぐらいでしたが、それでも行ってよかったと思いました。
これが最後になるかも知れないから、というのも考えたくはないけどありえますし、何より二人が笑顔になってくれたのが嬉しかったのです。

いとこの兄ちゃん(30歳ぐらい)がよく「かわいい孫が遊びに来たぞー」と言いながら会いに行っているようなのですが、ようやくその考えが理解できました。
僕はずっと大阪にいて足繁く通っていたので、遠く離れた時の気持ちがあまり分かっていなかったのです。
祖父母にとって、顔を見せに行くだけでも嬉しいのだなあと、やっと分かりました。

じーは昔、看板の絵を書いて生計を立てていました。
その美術センスは誰にも継がれなかったようですが、職人気質は僕たち兄弟には継がれていると思っています。

昔長男の小学校の夏休みの絵の宿題をじーが代わりにやって入賞したのは懐かしい思い出です。笑


どんな風に生きていても、いつかは死んでしまう。
だったら、僕はどんな風に生きていきたいのだろうか。

そう思った時に、今の仕事だけじゃないと強く思いました。
もちろん今の仕事で学べることはたくさんありますが、最終的にしたいことはこれではない。

以前の記事でも書いていますが、僕は企画から世界を変えていきたいのです。
どれだけ少なくても、人の心に届き、その人の人生にプラスになりたいのです。
企画の中でも僕は「言葉」が好きです。
だから、言葉を武器にして企画を生み出し、そこから誰かの人生に影響を与えたい。
それが僕のやりたいことです。

だから僕は今の仕事も少しずつ形を変えようとしています。
もっと自分のやりたいことに合わせて範囲を広げていこうと思っています。(新卒のくせして)

そしてそれと並行してこうして文章を書いています。
これも僕にとってとっても大切な場所です。
「言葉」の部分を磨く上でとても役に立つと思っています。

だからこそこうやってエッセイを書き始めたのです。

ポケットライフ。
あなたのポケットに人生をちょっと豊かにしてくれる一文を届けたくて。

ぜひこれからもよろしくお願いします。

ポケットライフvol.1

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