砂師の娘(第十三章B面祭司長の見舞い品)

 いつのまにか、暗くなった部屋の隅で、食べ物の残りを調べていたいっぺえが、大きく首をふると、にっこりと笑った。そして、滝の側から、水しぶきをさけて、厚い布をかけていた籠を持ち上げた。
「すぐに口に入れられるものしか、食いものとは言わん。」
いっぺえが重そうに引っ張り出した籠には、ぎっしりと、岩ばばが届けてくれた食べ物が詰まっていた。
「何が起こるかもわからん旅先のことだ。さっき、こっそり、取り分けておいたものだよ。。水の心配はないし、燃料の心配もないから、当分、みんなの食い物の心配はいらんぞ。」
「まったく、いっぺえのすることといったら、、」
みんなの顏が明るくなった。しんさまも微笑んだ。
 入口の戸が激しく叩かれた。
「おい、開けろ。岩ばば、祭司長さまからの使いがやってきた。さっそく、城の若様をともなって、お城にもどって来いとのことだ」
聞き慣れた女とも男ともつかない、奇妙に高い兵士の声がした。
そして、返事をせかすように、どんどんと激しく戸を叩いた。
砂師の師匠が合図をして、たかとひばりが、細く扉を開いた。岩ばばは用心ぶかく、扉の陰から答えた。
「おあいにくだが、坊ちゃまたちは、大けがをしているので、今は動かせない。わては二人の看病で手がはなせない。心配なら、祭司長が自分で見舞いにやって来いと伝えてくれ。」
その返事はすぐに返ってこなかった。そして、使いの兵士の甲高い声に隠しきれないあざけりのこもった笑い声がした。
「そうか、そういうことなら、せいぜい、養生をするようにとのことだ。慈悲深い祭司長さまは、この品を見まいにと遣わされた。有難く受け取れよ、、ふふふ」
あざけりのまじった笑い声とともに、何か、禍々しい匂いのする黒い布に包まれた塊が扉の奧へと押し込まれた。
「やれ、それは念の入ったことで、、」
岩ばばの返事を待たずに、ばんと重い音がして、扉は外側から、閉じられた。黒い布がかぶせられた品物は揺れて波打ち、ざわざわと羽搏きのような音が聞こえた。
しんさまが、素早く風のようにやってくると、布から、飛びだそうとする黒い鳥を両手で掴んだ。そして、片足で輪を描くように蹴ると、あっという間に、五、六羽の黒い鳥の首を折った。その蹴りを逃れた他の鳥たちはぎゃぎゃと狂ったように鳴きながら、天井に舞い上がった。鳥たちは、そこから、標的をしんさま一人に絞って、襲い掛かろうとした。闇のなかでも、不気味に光るくちばしを、しんさまに向けて襲いかかっていく。
「みんな。耳をかばえ。この鳥の鳴き声を聞いてはいけない。」
油断なく、手に持った柳のような刃のナイフを動かしながら、しんさまが、落ち着いた声で、指図した。
いっぺえがその場にあった団子を少年たちにわたした。鳥たちの黒い翼がゆれて、部屋のなかが余計に暗くなった。
砂師の師匠が砂袋から、取り出した砂を天井から、急降下してくる鳥たちに向けて投げつけた。戸惑っていた少年たちも、砂の扱いには慣れていた。くらくて、よく見えなくとも、師匠の身振りに、身体に叩き込まれた砂師の技術が反応した。天井近くの闇に身を潜めていた毒ガラスたちも、少年たちの、激しい砂の勢いにたたきつけられて、床に落ちた。辛うじて,壁にへばりついていた鳥は、ややの狩猟猫としての、闇に光る眼からは逃れられなかった。ややが両足に弾みをつけての、飛び蹴りに羽根ごと身を引き裂かれた。
「よおし。よし。声を出す閑も与えずに一羽も残さず、やっつけられたわ、あの毒ガラスの鳴き声を耳にでもした日には、一晩も眠れず狂い死にするとこじゃった。この部屋に閉じ込めて、あの鳥を放つとは、あの祭司長め、ついに本性を出しおったわ。」
岩ばばは顔を真っ赤にして、ひどく汚い言葉で罵った。幸いなことに、少年たちは、団子で耳せんをしていたので、聞くことはできなかった。
「お前の剣の舞の見事なこと、あれが実戦に役に立つなどということを、わてはすっかり忘れていたわ。あのような舞をみたのは、もうかれこれ三十年前のことか、いや、もっと昔、百年前のことじゃったか。」
岩ばばは、しんさまがいっぺえに柳の刃のナイフを、返すのを見ながら言った。
「師匠、大切な砂を、使ってくださって、、、」
師匠はしんさまの言葉を身振りで遮った。
二人はゆうの手に残る光る砂を見た。
「ゆう、その砂はどうした?」
「わからんよ。あの鳥たちを隠していた布についていたのか、、?」
「ゆう、その砂を使って、砂絵を描いてみろ 」
「こんな暗いなかで、、」いっぺえが心配した
「確か、火の石があったはず、、」
しんさまが、カケルの荷物のなかで見つけた、火の石を取り出した。
「お前には、次に起こる何かを砂絵にする力がある、、。それを見せてくれ。」
(第十三章B面終わる)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?