生理がヘン!!!
2018年はじめ、2週間遅れでやってきた生理。なんか違う。いつもと違う。
まず、色がヘン。鮮血なのだ。これは生理の出血なのか、はたまた……。
つぎに、量がヘン。大量出血。ゴボゴボ溢れ出てくる感じ。その割に、いつもより生理痛は感じられない。
そして、日数がヘン。10日間も続くことなど初潮からこれまで一度としてないというのに。
いっこうに止まる気配がない出血。さすがに受診した方がいいだろう。気乗りはしないけれど。
はて、最後に婦人科を受診したのはいつだろう。子宮ガン検診は、結婚してすぐに一度だけ。特定健診も受けていない。インターネットで女医さんのいる婦人科を検索。駅裏のクリニックに決めた。
平日は予約優先だが、土曜日は来院順に診てくれるらしい。開院時間を目指して出発。エレベーターは使わず階段で2階へ。一旦立ち止まり、溜まった唾液を飲み込む。右手で扉を開ける。診察を待つ女性たちの背中の数に圧倒される。どれぐらい待つことになるのだろう。
そろそろ50の声を聞くことになる。巷でいうところのアラフィフ。閉経が近いのかもしれない。更年期の症状のひとつかもしれない。もしかしたら何かの病気かもしれない。受付を済ませて2時間半。そろそろ順番が回ってくるはずだ。
高鳴る鼓動が診察室に響いているのではないか。アタシは淡々と症状を女医に告げる。女医は半身をアタシの方へ向ける。
「内診しますが大丈夫ですか」
「あ、あの、結構血が出てるんですが……」
「こちらは大丈夫ですよ。今まで受けたことないということなので、子宮頚がん検診もやっておきましょうか」
看護師さんから内診の部屋へ誘われる。淡いピンク色の内診台。血が出ている状態で内診なんて。力を入れようにも脚が開いた状態ではどうにもならない。
「何かするときは、その都度声をかけますので、それまでは力を抜いてリラックスしてくださいね」
カーテンの向こうから女医の声がする。
「あ〜、結構出血してますね」
「これは生理の出血ですね」
「小さい子宮筋腫がポツポツと。あと、左の卵巣が少し腫れていますね」
出血している状態では子宮の中を確認しづらい。2週間ホルモン剤を飲むことで一旦生理を止め、そのあとくる生理がキレイに終わっているであろう2月6日に再度内診する。そのときに子宮頚がん検診の結果を知らせる。1週間ほど経てば電話で結果を聞くことも可能。中用量ピルは副作用が強く出る方もいるので注意すること。
女医は手短かに必要事項を告げる。
ついでに行った子宮頚がん検診の結果など、気にも留めていなかった。出血さえ止まれば、それでいい。それしか頭になかった。
聞かされていたほど副作用の影響はない。最初にホルモン剤を服用した翌日に出血は止まる。
(女医の言うとおりだ)
そして、女医の指示どおり2週間服用。薬を飲み終えた翌日から生理が始まる。
(女医の言うとおりだ)
出血量はかなり多い。さらに経験したことのない激しい生理痛だ。あるときは、子宮をキツく絞り上げられるような。またあるときは、子宮の内側を無数の爪で引っ掻かれるような。さらに、子宮の壁を一斉に内側へ引っ張られるような。あまりの痛さに吐き気を催す。腰は鈍痛がある。重力に逆らえず、うまく立っていられない。市販の鎮痛剤を4時間おきに飲まなければ過ごせないほど。
確か女医は“子宮筋腫”“卵巣が腫れている”と言っていた。それが、この酷い生理痛の原因なのだろうか。
インターネットで検索する。治療法を熟読する。ネガティブな情報ばかりに目がいく。心がそちらへ引っ張られる。
この痛み、いつまで続くのか。
きちんと終わってくれるのか。
2月6日、予定通り婦人科を受診。今回の生理について報告する。女医は、見立てどおりといった様子。アタシとしては生理痛が酷かったことについて相談したかったのだが、女医は「それどころじゃない」と言わんばかりに子宮頚がん検診の結果表をアタシの目の前に差し出す。
「少し異常が見られるんです……」
“ガンではないけれど、ガンになり得る可能性もある”
“3年以内にガンになる可能性は5%”
“ほとんどは2年ぐらいで自然消滅するのだが3ヶ月ごとに検査が必要”
“いまのままでは病名がつけられないので、精密検査が必要。内視鏡で確認しながら疑わしい細胞を採取し、病理診断する”
口を挟む余地もなくアタシの耳に入ってきた女医の言葉たち。
内診の結果“子宮内は綺麗”で、“子宮頚がんが疑わしい細胞も見られない”とのこと。
“ただ、子宮口の淵(裏?)あたりのように、内視鏡では見えにくいところもあり、経過観察が必要。内視鏡では見られないのに検査結果に改善が見られなければ更に精密検査が必要”だと。
「あ、手遅れになるとかいうことではないですからね」
女医の言葉に促されるように、アタシは立ち上がり診察室を出た。
[判定]ASC-H(Ⅲa)
炎症性背景に、軽度核種大した小型の異形細胞を散見します。一部はクロマチン増量しています。
帰宅後、目を皿にして細胞診検査報告書を見る。なんのことかよくわからない。さっぱりわからない。
子宮頚がんといえば、確かZARDの坂井泉水さんが罹った病。そんな印象しかない。インターネットで検索する。目にする情報に愕然とした。
HPV(ヒトパピローマウィルス)?
性交渉で感染?
なんだなんだ?まるで性生活に奔放な女が罹る恥ずかしい病とでも言わんばかりの記事まである。
(それに関しては誤報のようだが)
向井亜紀さん
洞口依子さん
古村比呂さん
森昌子さん
三原じゅん子さん
大竹しのぶさん
シーナ&ロケッツのシーナさん
数々の芸能人たちが子宮頚がんを患っていたことを公表している。
アタシの場合“軽度異形成”という初期も初期の段階で、さほど心配することもなさそう。しかしなんだろう、この胸のざわめきは。目の前の靄は。
心配することもないのだろう。いや実際、心配はしていない気もする。なのに何故か靄が晴れない。
コルポスコピーといわれる検査をして1週間。検査結果を聞くために再び駅裏のクリニックへ赴く。
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表面は重層扁平上皮に覆われ、軽度から中等度核増大とkoilocytosisを認めます。
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コイロサイトーシスってなんやねん。中度って、こないだから既に進んどるやんけ。乱暴な心の声が口から出てきそうになる。
女医は質問する暇を与えるつもりがないようにアタシには思えた。
「これが流れになります」
女医はラミネート加工されたフローチャートを差し出す。息継ぎも最小限に淡々と説明を続ける。
インターネットで調べたこと以上の収穫はない。アタシが聞きたいのはそんなことじゃないのだけれど。
検査検査とにかく検査だと言われると、まるで癌になるのを待ち望んでいるかのように聞こえる。残念ながら、アタシの不安を取り除いてくれる要素がまったくない。
そもそも“生理がヘン!!!”に対する説明は何処へいってしまったのか。するつもりはないのか。大したことないから言わないのか。
看護師に事務的なことを小声で指示する女医。このまま終わらせてなるものか。アタシは、あえて口を挟む。
「あのぅ、、、初診の時に“卵巣腫れてる”“子宮筋腫”と言われたんですけど、それは大丈夫なんですかねぇ。それと、今回は人生でいちばんっていうくらい生理痛が酷かったんですけど……」
「だ〜か〜ら〜、それはお薬のせいでしょ。ホルモン剤で、きっちりとした生理を起こしたから……◯△□」
女医はアタシの言葉を遮り、畳み掛ける。
“だ〜か〜ら〜”って人の話を遮られるのは、3本の指に入るほど大嫌いな態度だ。アタシの心の扉が閉まる音が聞こえた気がする。ついに、卵巣の腫れや子宮筋腫については明らかにされないまま、診察室を出た。
看護師が受付に出す書類をアタシに差し出す。
「3ヶ月後に検査の予約を入れてくださいね。あと、生理痛が軽くなるお薬出てます。お大事に」
あれから6年半、一度も検査に行っていない。