未現実世界

会社から家に帰る。身体が悲鳴をあげている。夕食を作る気力するわかずに疲れきった身体をベットに倒しあなたはVRゴーグルをつける。そうすると今までの無色彩な世界は消え、田舎の風景が映し出される。走り去っていく短パン小僧に田植えをするおばあさん。間違いなくそこはあなたの青春そのものだ。
「こんにちは」と声をかけられる。振り向くと数日前に知り合った少女が立っていた。
こんにちは、とあなたは返す。もちろん、『笑う』のモーション付きで。
「今日は遅かったんですね」少女も律儀に『笑う』モーションを返してくる。
仕事が長引いて、と話す。
「立ち話もなんですし、座れる場所に行きません?公園とか」
いこうか、と返事をすると彼女の方が先に消えてしまった。
発展途上のVRの世界は少し不便なものでゲームのように道が作り込まれていないことがよくある。
メニューから『移動』を選び『公園』を選択する。
すると一瞬のブラックアウトの後に見慣れた遊具達が目に入る。
彼女は先にベンチに居るのでその隣に座るよう動かす。
「私もそういうお仕事とかしてみたかったな〜」わざとらしく『笑う』モーションをしている。
明日だっけ。手術、彼女は思い持病を患っているらしい。あまり話は聞いたことないし聞くこともしてこなかったからよく分からない。
「ええ。良くも悪くも明日です」彼女のアバターが立ち上がり、ブランコに乗る。僕もそれに続く。
しばらく虚しいブランコの音だけが鳴り響いていた。
「もうないんですよ。余命」ふと呟いた言葉。アバター越しにも感じ取れる悲哀。
よくなるといいね。本心なのだけど薄っぺらい。残念ながら僕は彼女に持ち合わせる言葉はないみたいだ。
「ええ、ほんとに」遠くを見る彼女はどこか憂げなのを覚えている。

それから彼女はここの世界に来なくなった。
現実の出来事なのか、ネットの設定上の出来事なのか。それはわからないが、今日もこのあぜ道で彼女に声をかけられるのを待つのだろう。

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