記憶の宝物
初めて夜光虫を見たのは、22歳の時だったろうか。
あれは梅雨が明けたばかりの沖縄の、本島からだいぶ離れた小さな島だった。
信じられないほど美しい海で一日思うさま泳いだあと、シャワーを浴び夕食を食べ、わたしたちは浜辺に散歩に出かけた。
誰もいない夜の海。
こちらに寄せてくる穏やかな波が、青くほの白く、発光していた。
波打ち際を歩くと、足あとがぼんやりと光った。
「夜光虫」という言葉も存在も知らなかったわたしたちは、とても本当とは思えないその景色に、しばらく言葉を失った。
「なんか、すごいね」
「うん、すごい」
「これ、夢じゃないよね」
「うん、夢じゃない、と、思う」
沈黙のあとわたしたちはそんなふうにぽつぽつと言葉を交わし、目の前の圧倒的な美しさと自分たちの語彙力のなさのアンバランスに、ふいにおかしくなってくすくすと笑った。
「夜光虫」が、揺れに反応して光るプランクトンだということは、あとから知った。
* * * *
おびただしい星がまたたく空の下、海は静かに光っていた。
くすくす笑いが収まらないままきりもなく砂浜を歩いたあと、砂の上に座り、わたしたちはいつまでも海を眺めた。
自分は宇宙に浮かぶ星に生きているんだと、知識ではなく感覚で知ったのは、あれが初めてのことだった。
* * * *
わたしのふだんの生活の場は、東京だ。
夜の街はいつまでも明るく、人が放つ以外の光は見えない。
わたしはわたしの住む場所を愛しているけれど、ときどき無性にあの光景が恋しくなる。
わたしは宇宙に生きているんだ、と思ったあの夜。
圧倒的な闇に包まれ光るものが恵みに見え、自分の小ささを知ると同時にたっぷりと愛され生かされているのだと感じた、あの夜。
ふと寂しさを感じるような日、あの夜の感覚は体の奥で静かに発光し、わたしを芯から温める。
きらきらと光を放つ、記憶の宝物。
* * * *
お読みいただき
ありがとうございました。
どうぞ素敵な一日を!
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