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辛いことから逃げたっていい。人生さえ諦めなければ。

私立高校に通う高校2年生の次男が夏休み明けの出校日当日、体調不良で学校を休んだ。高校2年に上がってからというもの、朝トイレに篭ることが増え、朝課外を休むことが増えていたが、この日は1時間ほどトイレに篭って出てこなかった。

次男は言葉を話すようになるのが遅く、1歳検診で指摘されたので診断してもらったところ、自閉症スペクトラム(ASD)と診断された。それからというもの療育に夫婦で毎週連れていき、小学校に上がる頃には他の生徒とあまり変わらずコミュニケーションを取れるようになったが、場の空気を読めない、すぐにいじけて自分の殻に篭もる、などのASD特性はそのままだった。

それでも次男は超がつくほどの真面目な性格なので、療育を続けながらも学校をサボったりすることもなく、中学では卓球部に入って最後まで頑張った。そして高校受験でも勉強を頑張って推薦をもらい、当初は無理だと思われていた市内の私立高校のアドバンスコースに入学できた。

高校に入ってからも友達と交わることは少なく、誰かに誘われて遊びに行くようなことは1度もなかった。それでも学校が嫌だったわけではないようで、1年生の時は皆勤賞をもらうほど真面目に学校に通っていたので、親としても頑張る姿を応援していた。

中学3年生頃から朝は腹痛でトイレに篭ることが増え、30分もトイレに篭ったせいで遅刻するということも時々あったが、高校に入学してからは、ほぼ毎日朝トイレに篭るようになった。
流石におかしいと、胃腸科に連れて行ったが体に異常はなく、精神的なものからくる症状だろうとの診断だったので精神科を訪ねるも、高校生は思春期外来になるため診られないと、市内の病院からは全て断られた。
そこで藁をもすがる思いで、高校にスクールカウンセリングを受けられないかと尋ねていたが、希望者が多いためすぐに受信はできませんが予約をとってみます。と回答されていたのだった。

8月24日、朝からトイレに篭る次男を見て心配していたが、仕事で家を出ないといけなかったため自宅にいた妻に任せて自分は出社した。
そして、9時すぎに妻から電話があった。

「次男が出血して玄関でうずくまっている。両手首を刃物で切ってる。」

妻はすぐに病院へと連れて行ったが、幸いなことに出血は多いものの傷は浅くて命に別状はないとのことだった。

妻はすぐに学校に電話して、学校を休む旨と手首を切ったことを担任のN先生に伝えた。すると先生からの返事は「そうなんですか。わかりました。何かあったらお電話ください」だけ。あまりの素っ気なさに妻も驚いたらしいが、止血して病院に連れて行くことに集中していたため、何も言わなかったらしい。

その日の夜、次男に手首を切った理由を尋ねた。するとこのような回答だった。
・夏休みに思ったように勉強ができなかった。宿題も全部終わらず、このまま学校に行くのが辛かった
・いじめなどは無いが、友達もいないのでクラスにいるのが辛い。自分が話すとみんなが陰口を言っているように思えて話すのが怖い。
・本気で死のうとしたつもりはないけど、手首を切った時の記憶がない。ただ学校に行きたくなかったから、死んだら学校に行かなくていいかなと思った。
・でも頑張って卒業はしたい。そのためにも転校などはしたくない。

真面目な子ほど、親や周囲にSOSを出さない。自分で解決しようとするからだ。親や学校からいつも「辛いことから逃げるな、お前ならやればできる。頑張れ」と言われているから、辛いのは自分に問題があるからで、頑張ればいい方向に向かうと信じているからだ。

でも小説やアニメのようにそんなドラマチックでハッピーな結末になるとは限らない。むしろ頑張ってもどうにもならなかったというパターンの方が多いのかもしれない。でもそんな失敗談をしても誰も喜ばないので、みんな胸の中に仕舞い込んで語らないだけだと思う。

自分もこれまで「努力に勝る天才は無し」という言葉を信条に生きてきたので、知らず知らずのうちに息子に努力を無理強いしていたと思う。
手首を切った当日も「宿題をやっていないのは事実なんだから、先生に正直に話しなさい。逃げていても解決はしないよ」という感じのことを話したと思う。その時は目の前の問題から「逃げないこと」が正しい選択だと思い込んでいたけど、この言葉も次男を追い詰めるきっかけの一つになったのかもしれない。

親に反発するタイプの子なら自分の気持ちを素直に親にぶつけるし、それが通らなくても自分の意思を貫いて我が道をいくのかもしれない。でも次男のように、言われたことは無理してでも頑張る、自分のことでみんなに迷惑をかけたくない、という考えの子はそんな気持ちを誰にも明かさず、表に出すことなく日々耐えている。そしてある日、何かのストレスを受けた時、コップから溢れた負の感情をコントロールできなくなる。

次男が毎日トイレに篭っていたのは、もうコップから水が溢れそうだよ、というSOSの合図だったのかもしれない。自分も薄々はそれに気がつきながらも毎日「将来のために今は頑張れ」という言葉しかかけてあげられなかった。次男のコップの水を減らしてやることをしてあげられなかったのだ。

だからコップの水が溢れた時、次男は手首を切った。本人が言ったように、死にたいとかではなく、学校から逃げ出したかったからだ。

でもコップの水が溢れてどうすればいいかわからなくなった時、もしたまたまそれが駅のホームで起きていたら、ひょっとしたら今すぐ逃げ出したいという感情が暴走してたら...
そう考えると、次男が命を落とさずに済んだことは、まさに不幸中の幸いだし、親としてもう一度チャンスをもらえたということに等しい。

それでも次男は高校を辞める気持ちはないと言っていた。次男はクラスでは目立たない方で、部活にも入っていないし、仲の良い友達もいたわけでもなかったが、通っている学校をやめるということは、高校生にとって一番大きなアイデンティティを失うのと同じなのかもしれない。

自傷行為の後、担任の先生からメールが届いただけで、高校からは一切何のフォローもなかった。
次男に高校やクラスメイトから連絡あったか聞いたところ「落ちこぼれだから誰も気にしていないんだよ」と次男は寂しそうに呟いた。

3日経っても家庭訪問どころか電話すらしてくれない学校の対応に不信を抱き、こちらから高校に連絡したところ、担任の先生は次男が自傷行為に及んだことを報告しておらず、体調不良で学校を休んでいると伝えていただけだった。(後になって分かったことだが、担任は副担任に口裏を合わせてもらい、今回のことが上に伝わらないよう画策していた)

次男は体調が戻ったらまた学校に行くつもりでいたが、このような状態で復帰させれば今度こそ息子は壊れてしまう。そう思った僕と妻は、今の高校を辞めさせて通信制高校に通わせることを決意した。

早速、通信制高校を検索し、電車で通える学校の面談をすることに。両手の手首に包帯を巻いたまま僕たちと一緒に面談を受けた次男は、最初ははっきりと「学校を辞めるつもりはない」と言っていた。

でも通信制高校の説明を聞き、自分のペースで強制されずに好きな勉強ができる、というシステムにシステムに次第と惹かれていった様子で、話を聞き終えた時「僕はここがいい」とはっきりと気持ちを伝えてくれた。

通っていた高校を辞めるということは本人にとってとても勇気がいることだったろう。学校は事実を隠していた担任の対応を謝罪したものの、このことを学校として公表するつもりはない、と言ってたので次男が学校を辞めた理由も勉強についていけなくなったとか、当たり障りのない適当な理由で片付けられているのだろう。

でも新たな環境に身を預ける決断をした次男を褒めてあげたい。もう過去に捉われてくよくよと思い悩んだりしていないようだ。

通信制高校に通い始めて1ヶ月が過ぎたが、次男は新しい生活を楽しんでいる。自分で学習のカリキュラムを組んで、やりたかった英語を毎日机に向かって勉強している。高校に入ってからは人と会いたくないからと、一緒に出かけることを拒否していたけど、最近は一緒に外食や買い物に出かけることができるように。以前は高校から帰ると自室に閉じ籠って出てこなかったけど、リビングで一緒に過ごす時間も増え、以前のように笑顔も戻ってきた。

昨日から、学校の授業の一環で次男はキャンプに出かけている。以前の次男なら知らない人と交わりたくないと断固拒止していたと思うが、案外素直に受け入れて今はキャンプを楽しんでいる様子。

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今思えば、あの時、次男を逃げさせて本当によかった。

今が辛いなら困難から逃げたっていい。人生の選択肢は他にもたくさんあって、どれを選んでもきっと間違いじゃない。

人生を諦めるという選択肢さえ選ばなければ。

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