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芙美湖葬送―芙美子は芙美湖に還った。

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妻の葬送記を小説化しました。死んで20年になります。私も老いました。気がついたら87歳になっていました。コロナもやって来ました。先に何が来るか分かりません。だから疎開を体験した貧…
小説の背景は、東京大空襲、疎開、田舎での苛め、家庭内差別、脱出願望、ちゃぶ台一個・リンゴ箱式箪笥と…
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#湖畔の宿

小説「芙美湖葬送」読み切り版

小説「芙美湖葬送」読み切り版

明け方に気温が下がり始めた。

 霧が病院全体を覆い始めた。乳白色の霧が、汚れた病院の外壁を少しだけ白く塗り替えている。私が立っている最上階の病棟洗面所からは、普段は、付属看護学校棟が見えるのに、その朝は、何も見えなかった。 かすかに建物の存在を感ずるだけである。昨夜はあれほどハッキリ見えた駐車場の車も、霧の中で霞んでいる。その中の一台で、娘の琳子夫婦が仮眠を取っているだろう。昨夜九時頃、医師と長

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小説「芙美湖葬送」・掲載順序不動版

芙美湖、湖に還る 人は生まれ、生き、やがて土にかえる。思いも一緒に。土に埋める人もいるし海に流す人もいる。私は芙美湖への思いを小さな折り紙の船で湖に流した。すでに陽は落ちかかっていた。近くに安宿を取ってある。湖畔にあるからそこからでも湖は見える。

「芙美湖」という湖は富士五湖にはない。湖であればどこでもいい。たぶん河口湖当たりを指すのだろう。芙美湖との出会いはダンスホールだった。彼女は客の一人で

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